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12月31日
精進おせち
昨日から、仕事の合間に元旦の朝のためのおせち料理を作っている。今年は、玄米菜食的精進おせちなので、今までとは少し違う。砂糖は、黒豆を煮るのに黒糖を少々使っただけで、だしにも、魚や肉を使わない。なますやうま煮など、どうなるか少し不安だったが、作ってみると、思いのほかおいしくできている。
玄米菜食を始めて2ヶ月近く、素材の持つ旨みと甘みに、いつも感動する。もともと化学調味料は使っていなかったが、いらぬ砂糖や出汁によって、いかにそういうおいしさがかき消されているか。大根と人参に、さっと煮て醤油で下味を付けたごぼうやはす、昆布、しいたけなどを加えたなますは、上質の米酢と醤油、少々のみりんだけで、十分に甘みが引き出される。根菜をごま油でいためてじっくり煮たうま煮だって、昆布やしいたけのだしに根菜の旨みが溶け合って、ほとんど醤油だけの味付けで、なんともおいしい煮物に仕上がった。きんぴらも黒豆もできて、あとは、かぼちゃとサツマイモ、ゆり根のきんとんを作る。発芽玄米もちのけんちん風お雑煮で、明日の朝は新年のお祝いをする。
とても質素だが、心のこもったおせち料理に、きっとお客様も喜んでくれるに違いない。


12月29日
クリスマスローズ
12月20日、メサイア公演を終えて札幌から帰ってきたら、クリスマスローズが咲いていた。3日ほど家を空けることになるので、ラウンジにあったハーブや観葉植物の鉢を、みんな宿泊棟の廊下へと移動させた。暖かいがあまり日当たりはよくないので心配しながら、お水をたっぷり与えて、出発したのだった。
クリスマスローズは、もう今年で3冬目になる。いつもクリスマスからお正月頃、控え目な赤紫色の、うつむきかげんな花を咲かせる。夏は鉢のまま外に放って置くので、毎年もうだめかなと思いながら、雪の降る少し前にうちの中に入れる。今年はうっかりして、雪が積もってしばらくの間デッキにおいてあったので、上の部分が凍ってしまった。それでも、枯れたところを全部切って、中に入れて水をあげていたら、新しい芽がたくさん出てきた。しばらくすると、その先につぼみが現れた。
ショック療法が功を奏したのか、いつもよりも一週間ほど早く、花を咲かせた。今、7つの花が、いつものようにひっそりと花開いている。


12月28日
朝の一杯
朝食前の梅醤番茶が、とてもよい。頭がすっきりして、体が軽くなる。血液をさらさらにして、胃の調子を整え、さらに細胞が活性化するらしい。そして、何よりすごくおいしい。
梅醤番茶とは、梅干と醤油、それにショウガを入れた番茶だ。材料は、どこのうちにもあるものだが、素材は厳選しなければいけない。梅干は無添加でなるべく塩だけで漬けたすっぱいもの。醤油はきちんと長期熟成されたもの、ショウガはできるだけ無農薬か減農薬のものを選ぶ。番茶は、無農薬三年番茶。スーパーなどで無ければ、どれも自然食品の店で手に入る。湯飲み茶碗に梅干をほぐし入れ、ショウガのすりおろし少々、醤油小さじ1を加えたところに、濃い目に入れた熱々の三年番茶を注ぐ。この朝の一杯で、快適な一日がスタートする。


12月27日
真冬の体
冷え込んでいる。おとといの夜あたりから、ぐんぐん気温が下がった。昨日の朝は、美瑛で−27℃だった。まわりの木々に霧氷がついて、寒い日でなければ決して見ることのできない張り詰めた景色に、身の引き締まる思いだった。今日は少し寒さが緩んで、昨日よりも雪が暖かく見える。上着を着ないで外に出ても、さほど寒さを感じないですんだ。それでも、−10℃前後はあるだろうか。ようやく、体も真冬になったようだ。


12月25日
クリスマスプレゼント
今日は、仕事の合間に夫と旭川の街へ出かけた。本人には内緒で、あっこちゃんへのクリスマスプレゼントを買うためだ。旭川の街で、気に入ったものを探すのは大変だったが、きれいなローズピンクとグレイの大きな横縞のセーターを見つけて、それがいかにもあっこちゃんらしいので、二人で気に入って、それを包んでもらった。
包んでもらっている間に、並びのいつも行くCD屋に行った。いつものごとく、夫は2階ジャズコーナー、私は3階のクラシックのコーナーへと別れた。この冬は、シューベルトを勉強しようと思っていたので、シューベルトのピアノ曲、ピアノトリオ、ヴァイオリンソナタなど、気になるものを手に取っていたら、結構な数になってしまった。私の大好きなピアニスト、ペライアとアンスネスがともに、ピアノソナタ20番を出している。即興曲集もいくつか欲しいし、室内楽も・・。と考えると、どれも手放せない。そうだ、私だってクリスマスプレゼントをもらってもいいはずだ。自分で自分に買っちゃおうと、わけのわからない納得をして、全部で6枚のCDを購入していたら、夫は夫で、自分にクリスマスプレゼントを?買ったらしい。
三人分のプレゼントを抱えて、ドトールで最近お気に入りのソイロイヤルミルクティー(豆乳のミルクティー)を飲んで、帰路についた。
美瑛の街で買出しをして、丸山橋を渡ると、川霧が立ちのぼり、その奥のカラマツ林の中に大きな夕日がオレンジ色に輝いていた。


12月24日
静かなイヴ
そういえば、今日はクリスマスイヴだ。ちょっと暖かな白い景色は、イヴの雰囲気を盛り上げるでもなく、淡々と目の前に広がっている。お昼を終えて、久しぶりにゆっくりとその景色を楽しんだら、静かな気持ちになった。


12月21日
演奏会
演奏会後の心地よい疲労感とともに、久しぶりで美瑛の朝を迎えた。18、19日の、札幌コダーイ合唱団・合奏団のヘンデル「メサイア」の演奏会は、私にとって、とりわけ忘れがたいものとなった。学生時代にコダーイの「メサイア」を聴いて、どうしてもこの合唱団で来年は歌いたいと、夢を膨らませた。それから20年あまり、コダーイ合唱団として「メサイア」のステージに上って、十数回になるだろうか。その時々、自分にとっての「メサイア」が、さまざまな思いの中で演奏の瞬間を経て、心に残っている。
11月初旬、たまたま札幌を訪れた際、コダーイの練習に顔を出した。体調不良のため今年の演奏会には出られないことをみなに告げるためだった。一年ぶりに再会を果たした仲間に、そのことを伝えることが、思いのほか苦しかった。
美瑛に帰ってから、自分の体を支えている多くの部分が「音楽」であったという思いが、日を追って強くなっていった。その思いが確信となったときに、私には、「メサイア」に出演することが、今の自分にとって、どうしても必要なのだと悟った。演奏会に出ようと思った。
今回の、とりわけ18日、札幌での公演は、いまだかつてない個人的な思いで、本番を迎えた。練習には一度も参加せず、そんな我儘な気持ちでステージを踏んだことを、中村先生も合唱団の仲間も、みな深く理解し、許してくれ、そして一緒に音楽を演奏することができたことが、わたしにとって、どれほどの力になったか、とても言葉では言い表せない。
序曲の厳粛な弦の響きから始まり、荘厳なアーメンコーラスで終わる物語は、イエス・キリストの誕生、受難、復活と続く、一人の人間の物語であると同時に、観客と演奏者、そこにいるすべての人々の、それぞれの人生と重なりあう。演奏者一人ひとりの、それぞれの音楽が一体となったとき、その瞬間にしかありえないひとつの音楽が生まれることを、私は今回の演奏を通して、改めて実感した。
最後に、今回、演奏会にあたって、心から応援してくださった、薫風舎のお客様、友人たち、そして中村先生、一年ぶりにお会いしたコンサートマスター川原千真さんとチェロの田崎瑞博さん、コダーイ合唱団のかたがたに、心から、本当に心からお礼を言いたいと思います。


12月16日
モノトーンの世界
午後3時を回って、今日は「ひとこと」に何を書こうかと、パソコンの前に座っていた。たった今届いたばかりのエルデーディ弦楽四重奏団のハイドンを聴きながら、ふと振り向くと、大雪と十勝の山々が、グレイの雲を背景に白く浮かび上がっている。空と同じグレイの濃淡で、陰影を帯びた山の鞍。まるで東山魁夷の日本画のような、モノトーンの世界だ。時間さえも静止してしまったかのような風景のなかで、エルデーディのさわやかでエネルギッシュなハイドンだけが、ただ流れていた。


12月15日
本番目前
あっこちゃんが、今日は朝早く札幌に出発した。18、19日、札幌と小樽で行われる、コダーイ合唱団・合奏団のヘンデル「メサイア」公演のリハーサルのためだ。今まで合唱はおろか音楽の経験もほとんどなかったあっこちゃんが、メサイアの初ステージを踏んだのがちょうど一年前。去年はあるとのパートを歌ったが、今年はソプラノでの参加となる。11月から、毎週木曜日、そしてオケ合わせと、美瑛と札幌を行ったりきたりしていた。今日は最後の練習と、張り切って出かけていったのだった。
私は、11月の体調不良から、今回は諦め、みんなにそのことを告げたのだった。ところが、だんだん体調も良くなると、メサイアを歌わないと、なんとなく年を越せないような気分になってきた。わがままを言って、本番のみ参加させてもらうことにした。
今日、明日で、コンディションを万全に整えて、あさっては、楽譜と衣装を持って札幌に出発する。


12月13日
空の青さ
厳寒を体験すると、かなり低い気温でも暖かく感じる。マイナス5、6度など、平気になってしまう。そうなればこっちのものだ。この数日の冷え込みから、今日はようやく開放された。朝から気持ちよく晴れ渡って、三人身も心も軽やかに仕事に励んでいる。
久しぶりに見る十勝の山々の美しさ。太陽の光を浴びて、きらきらと輝く雪原。凍てついたモノトーンの風景を見慣れた私たちには、空の青さが目にしみる。今日は、明るいうちにピアノの練習をしよう。


12月11日
厳寒
寒い。体が縮こまってしまう。今日は、朝からずっと仕事でパソコンに向かっていた。うちのパソコン定位置は、ラウンジの中でも一番寒さがこたえるので、蒔きストーブの前に持っていって、ストーブをしょって仕事をしているのに、手がかじかんで、うまくキーボードが打てない。脳みそも凍りそうな寒さだ。
寒さには強いつもりでいるのだが、ぐんとシバレがきつくなるこの季節、寒さに耐えかねてしまうことがある。昨日までは我慢できたのに、今日はだめだ。やる気もうせる。あたりが暗くなって、また一段と気温が下がってきた。この今日のひとことで、パソコンと離れることに決めた。熱いお茶でも飲んで、中から体を温めることにしよう。


12月10日
動物園
昨日は、朝から気持ちよく晴れて、山がきれいに見えていた。夫と二人で、どこかへ出かけようと思った。あっこちゃんは、メサイアの練習でしばらく札幌の私の実家へ滞在中だった。そうだ、あさひやま動物園に行こう。10月3日に三人で行って以来、早くまた行きたいと思っていた。開園時間が11時から2時までと短いので、急いで出かけた。
ペンギン館を観てから猛獣館に行くと、寒くてもトラやライオンは結構元気に遊びまわっていた。像やキリン、サイはさすがに寒そうだった。ひときわ元気だったのは、前日2歳の誕生日を迎えたシロクマのイワン君だ。いつまでもいつまでも水槽を泳いで、見学している私たちと遊ぼうと、しきりに目配せをしていた。
冬季は500円で、シーズンパスポートが買える。雪の中の静かな動物園を歩きながら、今度はいつ来ようかと考えていた。


12月08日
冬の一日
最近は、3時前にもう暮れかかってくる。お昼ごはんを食べて、一休みしたら、裏の林の向こうに、白い太陽が沈みかけている。一日が短い。昨日あたりから、ぐんと冷え込みがきつくなった。時折、粉雪が舞う。
のんびりしていると暗くなるので、明るいうちに美馬牛のパン屋さんへ買い物に出かけることにした。


12月07日
隠れ家的
昨日夕方、前々から気になっていたカフェに、夫と二人で出かけた。車を20分ほど走らせると、もうあたりは薄暗くなっていた。ひっそりとしたたたずまいのカフェに、ほんのりと明かりが灯っていた。古い民家を改造したその店は、まさに隠れ家的という言葉がぴったりの、カフェマニアの私にはたまらない魅力があった。
二人で、読みかけの本を読んでいたら、窓の外はもうすっかり暗闇に包まれていた。その闇と、店内の薄暗さが妙に溶け合って、静かな時間が流れていた。
よくお客様にうちのことを、「あまり人には教えたくない。」と言われる。そりゃないぜ、と思う反面、悪い気のしないほめ言葉だと、ちょっとうれしくなる。このカフェは、私にとって「人には教えたくない店」に他ならない。だから、メニューのことや店内のこと、ましてや場所も、あまり書きたくない。書きたくないといいながら、書いていたら、なんだか歯切れの悪い書き方になってしまった。知られたくないと言っても、きっと、こういうところだから、あっという間に有名店になってしまうんだろうなあと思うと、さびしい気がする。せめて、店の雰囲気がいつまでも変わらないでいてほしいと願いながら帰ってきた。


12月05日
昨日の買い物
昨日、久しぶりに楽譜屋さんに行った。旭川では、今ほしいと思った楽譜をすぐに手に入れることがなかなかできない、ということを良く知っているので、あまり期待しないで行った。昨日聴いたシューベルトの幻想曲へ短調(D940)はやはり無く、もう一曲、花崎薫さんと今度やりましょうと約束した、ドビュッシーのチェロソナタも言わずもがな。
代わりに、シューベルトの最晩年のピアノ小品(D946)と、メンデルスゾーンの無言歌集を買った。どちらも美しいメロディーが際立つが、その美しさの性格がまったく違うように感じる。シューベルトのメロディーは、それが明るさを持つ長調のメロディーであっても、どこか物悲しく、寂しさを感じずにはおれない。帰ってから楽譜を読んでいて、つくづくそう思った。そのあと、無言歌の第一曲を弾くと、どこまでも澄み渡ったような美しさに、ほっとしたのだった。どちらも大作曲家であって、私には、今までそれほど馴染みのない作曲家だったので、なにか、あらためて新鮮な出会いをしたような、ちょっと気恥ずかしく、うれしい気持ちだった。
昨日は、そのあと富貴堂MEGA店にも立ち寄った。発売されたばかりのオレンジページ別冊「マクロビオティックがおいしい」ともう一冊豆料理の本、それから先日高校時代の友人が教えてくれた漫画が非常に気に入ったので、何年ぶりかで劇画の文庫本「百鬼夜行抄(今一子)」を買った。併設のカフェで夫と待ち合わせた。紅茶を飲みながら、なんだかのんびりした。


12月04日
音楽の力
うちにある膨大なCDのライヴラリーを、どれだけゆっくりと集中して聴いたことがあるだろうかと、時々思う。何かをしながら、BGMとして流れている音楽は、もはや心の奥までは届いていない。せっかく楽しみに買ったCDのほとんどが、忙しさに任せてそういう聴き方になってしまっているのは、本当にもったいない。
このごろ、ちゃんと音楽を聴くだけの時間を、一日に少しでも作るようにしている。そうすると、今まで気が付かなかったさまざまなことに、はっとする。心の底に音楽が響いてくる。
今日は、HMVで注文したシューベルトの4手ピアノ曲全集がようやく届いた。中村先生に紹介していただいた幻想曲ヘ短調を早速聴いた。CDをかけると、心の奥深くに沈み込むように悲しいメロディーが聴こえてきた。昨日とは対照的な、灰色の雲に包まれた十勝岳を眺めながら、呆然と音楽に耳を傾けた。音楽が終わっても、しばらく放心状態が続いた。あらためて、音楽の持つ力のすごさに、鳥肌が立ったのだった。


12月03日
夜明けと日の出
5時30分過ぎ、ぱちっと目が覚めた。マクロビオティックという玄米菜食にしてから、体の細胞が少しずつ活性化しているのか、最近、朝早く目覚めるようになった。ベッドから起きて部屋を出てみると、あたりはまだ真っ暗だ。ラウンジに行って本でも読もうかと、夫を起こさぬようにこっそり着替えて、もう一度廊下に出た。窓の外がさっきより明るい。外を見ると、山がくっきりと見えている。いい夜明けを見られそうな予感に駆られて、もう一度部屋に戻って、夫を起こした。
それからラウンジに飛んでいくと、十勝岳連峰がくっきりと姿を現している。その上に、紙のように薄い月、そしてその右上には明けの明星が輝いていた。思わずあっこちゃんも起こした。透明のフィルムを一枚ずつはがしていくように、夜明けから朝へ向かって、空の色は刻々と変わっていく。デッキに出てみると、きりっと引き締まった乾いた空気が、体に心地よい。
熱いコーヒーを落として、明けていく景色を眺めていると、やがて空はかすかに赤みを帯びてきた。コーヒーを飲みながら、朝日に染まる雲の色を見ていたら、不意に車が一台入ってきた。こんなに朝早く、誰だろう?時計を見ると6時30分。再びデッキに出てみると、それは、クラークホースガーデンのクラークさんだった。去年に引き続き、大きなクリスマスツリーを持ってきてくれたのだ。早朝こっそり木を置いて帰ってこようと思っていたクラークさんは、私たちにびっくりしたようだった。
ようやく蒔きストーブが暖まってきたラウンジで、一緒にコーヒーを飲みながら、しばらくおしゃべりをした。クラークさんが帰るころには、もう空は青くなっていた。美瑛富士の左肩のあたり。少しずつ光が大きくなってくる。そこから太陽が顔を出す瞬間を待った。突然、まぶしい光がほとばしった。デッキに飛び出して、その光を見つめた。マイナス15度を下回る気温の中、光は、まぶしく目に焼きつく。太陽の形がはっきりとわかるころには、鼻の先がほわっと温かくなった。あまりにも神々しい日の出の光景だった。


11月30日
朝の光
今朝起きると、雲の合間から太陽が顔を出していた。こんなにすがすがしい朝は久しぶりだ。思わず外に出て、太陽に向かって深呼吸をした。いつものように太極拳の体をぶんぶん回す体操をした。なんと気持ちの良い朝だろう。朝の光が、袴のようにやさしく降りそそいで、白い畑を照らしている。体操を終えて、もう一度おいしい空気をいっぱい吸い込んだ。


11月28日
温泉三昧
秋の温泉旅行にいけなかったからというわけではないが、11月は、努めて毎日白金温泉に通っている。夕食前、車で10分ちょっと。黄白色のちょっとにごったお湯は、かなりいい。なるべくぬるめの湯船になるべく長い時間半身浴をする。そのせいかどうか、朝起きても足の先が冷たくない。相当流行っているらしいが、風邪も今のところ引いていない。肩も凝っていないし夕食がおいしい。いいこと尽くめである。
こんな極楽のような暮らし、いつまで続けられるかなあ。でも、忙しい時期でも、こういう時間やこういうことができる日を作らないといけないと、つくづく思うのだ。そういう気分になれるのも、温泉のおかげかもしれない。


11月27日
どか雪
夕べ、夕食を終えて白金温泉まで出かけたら、あたたかく湿った雪が降りだしていた。朝起きて、窓の外を見ると、夜中中降った雪が、どっかりと積もっている。30センチはあるだろうか。気温が高く、いかにも重たそうな雪だ。
朝ごはんを食べて、夫とあっこちゃんは、早速出動して行った。うちのまわりの除雪を終えるのに、2時間近くかかった。まわりはすっかり真っ白い雪で覆われて、昨日までとは違う雪景色になった。


11月25日
霧氷
昨日妹と散歩しながら、霧氷の話をした。柔らかな日差しがまわりの雪を溶かし、気持ちのよい散歩だった。帰ってくると、急にあたりが霧に包まれて、それは夜まで続いた。みんなで五稜のライズカフェにいったら、そこも霧だった。そのあと、妹を送りに旭川まで出たら、旭川の街も霧で覆われていた。
朝起きて、体操をしようとデッキに出ると、まわりの木々の枝の先の先まで、きれいに霧氷がついていた。昨日の霧が、みんな木に付いたのだろうか。雑木林も、庭のコニファーも、遠くのカラマツのはやしも、みんな霧氷がついて、白くなっていた。この冬初めての霧氷に囲まれながら、石井さんに教えてもらった太極拳の体操をした。いつもよりもたくさん、空気が体の隅々までいきわたるような気がしたのだった。


11月24日
雪山
一昨日の夜から来ていた妹が、お昼にネパール料理を作ってくれた。レンズマメのスープとジャガイモや野菜をスパイスで炒めたもの、玄米のご飯。シンプルだけどおいしい食事をみんなで食べて、のんびりとした日曜の昼下がりを楽しんでいる。
うす曇りの向こうに、明るい太陽が透けて見える。ムックとティンクと妹と夫と散歩に出かけたら、十勝岳が久しぶりに姿をあらわした。すっかり雪をまとって、いつもよりもずっと大きく見える山は、小春日和の陽気に、蜃気楼のように見えた。
雪があたたかいので、ムックの足には無数の雪玉がくっついて、帰ってから大変だった。


11月22日
私のお客様
今日は、高校時代からの親友が札幌から遊びにきてくれる。もうそろそろ、美瑛駅に到着するはずだ。
しばらくだらだらした生活をしていたので、ラウンジも廊下も散らかり放題だった。あっこちゃんは札幌に合唱の練習に行っているので、夫と二人で、バタバタと片付けをした。薫風舎のお客様ではなく、私のお客様を迎えるのは、また違うわくわく感がある。夕飯は、私と一緒に玄米菜食を食べてもらおうと、久しぶりにご馳走のメニューを考えている。


11月21日
冬の生活
それにしてもよく降る。もうすっかり真冬だ。
あっこちゃんが、屋根裏でごそごそと何かをやっていると思ったら、クリスマス用のリースをせっせと作ってくれた。去年私が作った玄関用の大きなリースも、オープンのときに友人が作ってプレゼントしてくれた松ぼっくりのリースも飾って、少しずつクリスマスの雰囲気になってきた。
掃除のときの鼻唄は、もちろんヘンデルのメサイアだ。去年に引き続き歌うことになったあっこちゃんは、木曜日の札幌での練習に向けて、仕事のときにも抜かりなく、よく歌っている。
雪が降ったおかげで、いつもよりもちょっと早く、薫風舎は冬の生活になった。


11月19日
星のごとく降る雪
昨日の雨が、夕方には雪になり、夜には大雪となった。朝起きると空から無数の雪が降っている。昨日早朝、横浜より旭川に降り立った嵐を呼ぶ男の仕業かもしれない。彼は、流れ星を一度も観たことがないそうで、昨日、今日もしかしたら見られるかもしれないしし座流星群に淡い期待を抱いて、この美瑛へとやってきた。しかし、この雪だ。
去年、夜中に狩勝峠を超えて観た、あの夜空に降るしし座流星群を、何とか見せてあげられないものかと思うのだが。車を走らせると、あの流星群のように、フロントガラスに雪がすごい勢いで降ってくる。この分だと、それを見て想像してもらうしかないかもしれない。


11月19日
星のごとく降る雪
昨日の雨が、夕方には雪になり、夜には大雪となった。朝起きると空から無数の雪が降っている。昨日早朝、横浜より旭川に降り立った嵐を呼ぶ男の仕業かもしれない。彼は、流れ星を一度も観たことがないそうで、昨日、今日もしかしたら見られるかもしれないしし座流星群に淡い期待を抱いて、この美瑛へとやってきた。しかし、この雪だ。
去年、夜中に狩勝峠を超えて観た、あの夜空に降るしし座流星群を、何とか見せてあげられないものかと思うのだが。車を走らせると、あの流星群のように、フロントガラスに雪がすごい勢いで降ってくる。この分だと、それを見て想像してもらうしかないかもしれない。


11月18日
うっとうしい景色
雪のうえに降る雨は、ちょっとうっとうしい。灰色の雲が重苦しく、さっきまで少し見えていた十勝岳もすっかり隠れてしまった。昨日までの真冬の景色がいっぺんにゆるんで、畑の草や家のまわりの土が顔を出している。こういう日は外に出かけるのもおっくうだが、久しぶりに美瑛の町まで買い物に出かけることにした。


11月17日
rise cafe
昨日夕方、札幌のコダーイ合唱団のメサイアの練習に行っていたあっこちゃんを美瑛駅まで迎えに行って、帰りに、マイルドセブンの丘の、もうひとつ山向こうにある、先日オープンしたばかりの「rise cafe」に行った。ずいぶん古いうちのお客様であり、ご主人がテレマークスキーのインストラクターでもある川上さんが、数年がかりでやっと建てた家が、素敵なカフェになって、もうすでにたくさんのお客様でにぎわっていた。
山小屋風の店内は、いかにも川上さんらしく、こざっぱりとさりげなく、それでいてすごく素敵にしている。奥さんが焼いたケーキがカウンターに並び、アイルランド製の薪ストーブの上には、自家焙煎用のコーヒー煎り器が置いてあった。ストーブはオーブンにもウォーマーにもなる優れもので、グラタンやピザも焼ける仕組みになっていた。
私は、体調を崩してから、かなり厳しく玄米菜食に徹していて、砂糖も卵も乳製品も厳禁なので、おいしそうなケーキは、夫とあっこちゃんに任せて、川上さん特製のコーヒーをいただいた。久しぶりのコーヒーは、香り高くて、おいしかった。メニューはそのほか、カレーややはり奥さん手作りのベーグルなどがある。ベーグルは、牛乳や卵なども使っていないので、大丈夫。私も食べられると嬉しくなった。久しぶりに、奥さんとおしゃべりも楽しんで、とてもよい土曜日の夕暮れ時となったのだった。


11月16日
CD三昧
すっかり真冬の景色になってしまった。
昨日夕方、旭川に買い物に出かけたら、旭川も真冬だった。路面がつるつるの状態で、思いもかけず街中渋滞していた。ちょうど旭川に差し掛かったとき、先日のコンサート以来の平松さんから電話がかかった。これから、札幌までコンサートに出かけるそうだ。コンセルトヘボウ管弦楽団。いいなあ。私にCDのプレゼントがあるというので、その前に、平松さんのうちまで行って、そのまま一緒に旭川駅まで出ることにした。
出発まで、40分ほど時間があったので、駅前の喫茶店でおしゃべりをした。この前のコンサートのことや今度のコンサート、プレゼントのCD、ジョージ・セル、ロンドン交響楽団演奏のヘンデルの「水上の音楽」のこと。音楽の話を久しぶりにして、すっかり上機嫌で、平松さんはスーパーホワイトアローに乗り込み、私たちは買い物公園を行き交う人々の中へとまぎれたのだった。
音楽の話をしたら、つい、CD屋に寄りたくなった。ブラームスの交響曲全集、グリーグのめずらしい交響曲、ベンジャミン・ブリテンの作品集、それから、大好きなノルウェーのピアニスト、アンスネスのブリテンとショスタコービッチのコンチェルトのライヴ録音、夫が選んだ、ビルスマのビヴァルディーのチェロソナタ集を買ってしまった。しばらくは、静かなラウンジで雪景色を見ながらのコンサートが楽しめそうだ。


11月15日
人参ジュース
最近、ジューサーを買った。人参ジュースを飲むためだ。私たちが一生懸命作った人参が、たくさん雪の下に眠っている。それを掘り起こして、ジュースとして飲もうと思った。人参は、他の果物や野菜と合わせると、その中に含まれるビタミンCを酸化させてしまう。だから、100%で飲もうと思ったのだが、私は100%の人参ジュースはどうも苦手なので、飲めるかどうか自信がなかった。
数日前インターネットで注文したジューサーが届いた。夫が早速人参を掘り起こして、ジュースを作ってくれた。濃厚な朱色のジュースを、おそるおそる飲んだ。目が丸くなった。おいしい!そこらの人参ジュースは偽物だと思った。土から栄養分をたくさん吸って育った人参の甘さは、全く癖がなく、飲み込むと、体の隅々までみずみずしさが行き渡るような気がした。そりゃそうだ。私たち(といっても、高齢者事業団のおばちゃんたちの力が大きいかもしれない。)が丹精こめて作ったのだ。農薬も、化学肥料も使わず、あっこちゃんがせっせと土に埋めた堆肥や有機肥料、太陽の光を一杯浴びて育ったのだ。そんじょそこらの人参とはわけが違うと思った。
あんまりおいしいから、毎日人参ジュースを飲んでいる。うっかり来シーズンのスープの分まで飲んでしまわないように気をつけなければいけない。


11月13日
秋と冬
こんなに冬と秋をくっきりと行ったり来たりする11月もめずらしい。コンサートのときは、真冬だった。そのあと、ウソのように秋に戻った。そうかと思うとまた急に真冬になる。そんな極端な陽気の中、まだ落葉松に、ずいぶん葉が残っている。
コンサートが終わり、シーズンを終えて、不覚にも体調を崩してしまった。夏から計画していた東北旅行を中止せざるを得なくなり、そんな秋と冬をぼおっと眺めている。一時は入院騒ぎもあったが、幸いなことに、復活の兆しを見せている。あともう少し、ぼおっとした生活を楽しんで、冬のシーズンに備えたいと思っている。


11月13日
11月05日
秋と冬
こんなに冬と秋をくっきりと行ったり来たりする11月もめずらしい。コンサートのときは、真冬だった。そのあと、ウソのように秋に戻った。そうかと思うとまた急に真冬になる。そんな極端な陽気の中、まだ落葉松に、ずいぶん葉が残っている。
コンサートが終わり、シーズンを終えて、不覚にも体調を崩してしまった。夏から計画していた東北旅行を中止せざるを得なくなり、そんな秋と冬をぼおっと眺めている。一時は入院騒ぎもあったが、幸いなことに、復活の兆しを見せている。あともう少し、ぼおっとした生活を楽しんで、冬のシーズンに備えたいと思っている。


11月05日
幸せなひととき
花崎淳生、薫デュオコンサートが終了した。金曜日、空港にお二人を迎えに行ってから、昨日コンサートの余韻を楽しみつつ薫風舎を後にした薄羽さん、渡辺さんを見送り、最後に、そのあと一日一緒に過ごした札幌の両親を見送って、私たちにとってのこの演奏会は終わったのだった。
この、あまりにも幸せなひとときにつて、どう表現したらよいか、私はまだ、言葉を見つけられずにいる。花崎ご夫妻を、ふたたび迎えることができた喜び。札幌からわざわざ来ていただいた調律の蛯名さん、助っ人として駆けつけてくれた岡田さんや妹とともに、みんなで演奏会を創り上げていった喜び。大雪の中、足を運んでくださった大勢のお客様のすばらしい拍手と笑顔。花崎ご夫妻、平松さん、宮崎さん、加藤さん、中村さんはじめ、薫風舎をこよなく愛してくださる方々みんなで囲んだテーブルで、夜が更けるまでいつまでも続いた、コンサートの幸せな余韻と愉しい時間。薫風舎コンサート初舞台となる私に、応援のメールやお花を贈ってくださった、多くの人たち。
大勢の方々に支えられて実現した、この演奏会の幸せなひと時は、演奏している人にとっても、それを聴いている人にとっても同じように、いつまでも心の中にほわっと暖かく残るものとなったに違いないと、私は信じている。そして、自分がそんなひとときに立ち会うことができたことに、すべての人々に、感謝せざるにはおれない。
すっかり雪景色となった静かな薫風舎で、あのひとときを目に浮かべながら、演奏会の夜みんなで盛り上がった次の幸せな計画を、もうすでに私は思い描いている。


10月31日
冬の課題
今日、ピアノの周りを片付けた。うちにいらしたことのある方はお分かりだと思うが、ピアノまわりは、楽譜や本がうず高く積まれて、ひどい状態になっている。奥の死角(とこっちは思っているが、見てる人は見てるに違いない。)のところは、片付けても片付けても、すぐにどんどんと、色々な楽譜が出てきて、ちっとも整理できない。
今日は、ピアノをきれいに磨いて、それから、そのごちゃごちゃしたところに、ついに手を染めてしまった。そうしたら、いずれやりたいと思って買っておいた楽譜や、読まなければいけない専門書が、次から次へと出てきた。新しい曲の譜読みをして、それを仕上げるには、どんな曲でも膨大な時間がかかるから、楽譜は出合った時に用意しておかなければいけないし、そうすれば取り組むチャンスが、自然とでてくるものだ。だが、こう仕事に追われていると、楽書をじっくり読む時間を確保することは、至難の業だ。よほど時間にゆとりのあるときでないと、取り組めない。
読まなければと思って、放って置いた本の山を眺めて、思わず頭を抱えてしまった。今年の冬は、しばらく離れていたバッハに取り組もうと思っていたので、せめてここにあるたくさんのバッハ関連の本は、冬の課題としようと肝に銘じて、一番目に付きやすいところに置いたのだった。


10月30日
気温差
最近、旭川に行く用事が多く、昨日は午後から私ひとり車を走らせた。美瑛は、朝からみぞれ混じりの寒い雨が降り、うっとうしい、重苦しい天気だった。夕方、用事を終えて、少し買い物をした。あっこちゃんに電話をすると、薫風舎のまわりは雪が積もり始めているという。旭川は、雨がしとしとと降っていたが、寒さはさほどではないように感じた。薄暗くなりかけた道を、うちに向かって走っていくと、空港のあたりで急に雨に白いものが混じりはじめた。空港を左手に見ながら、国道へ下っていくと、みぞれが雪へと変わった。だんだん降り方が激しくなる。美瑛に近づくにつれ、路肩に雪が積もりはじめた。街を過ぎると畑にも雪が積もっている。美沢橋を越えると、また一段と景色が変わった。あたり一面、雪景色である。次第に路面も雪の状態になってきた。うちに着いたときには、すっかり真冬の様相だった。
旭川と、美瑛、そして薫風舎のある美沢の気温差は、冬になると5℃くらい違うときがある。その気温差を目の当たりにしながら、まるで、季節を越えて帰ってきたような気持ちで、うちにたどり着いたのだった。
朝起きると、黄金色の落葉松も、新緑の小麦畑も、すべて雪に覆い尽くされていた。お昼に札幌から遊びに来てくれた友達が、橋を越えると急に冬景色になったと驚いていた。


10月29日
皮肉な結末
誰だって、知り合いに会いたくない気分のときはあるものだ。
昨日、夫と用を足しに旭川に出かけた。用事が2時近くまでかかってしまい、そのあと、昼食をどこで食べようかと考えながら、車を走らせた。本番が迫ってきているので、なるべく早く帰ってピアノの練習をしたい。お昼は手短かに、でも美味しいものを食べたい。
ランチの時間を過ぎているので、思いつかない。あそこはどうだ、ここはどうだと、候補をあげてみるが、大抵そういうところは、顔見知りになっていることが多く、なんとなく二人とも昨日は知り合いに会いたくない気分だったので、ことごとく却下となった。車を街の方まで走らせて、思いつくところに行くと、定休日だったり、つぶれていたりして、なかなか食事にありつけない。もうあたりは薄暗くなってきた。仕方ない、こういうときはモスバーガーだ、ということになった。
ごまつくねライスバーガーの、おいしそうな写真を見ながら、カウンターに行き、スープやサラダなども注文した。ようやく空腹が満たされる。久しぶりのモスに、ニコニコしながら注文していたら、突然、「前にテレビに出ていましたよね!!」と店員の人に言われた。唖然としていると、「春頃、テレビに出ていたでしょう?!観ました!!民宿をやっているんですよね!」ときた。朝ビタTVを観てくれたのだ。よくそんなことを覚えていてくれるものだと、びっくりしてしまった。「あのTVを観たとき、あ、ウチのお客さんだ!!とびっくりしたんですよ。今度お見掛けしたら、聞いてみようと思っていたんですが、なかなかお見えにならなかったので。」
ここのモスは、よく行く本屋の向かいにあるのでたまに立ち寄るが、時間帯もまちまちだし、お店の人もいつも同じではない。特に、注文する以外に話をしたこともない。それなのに、顔をちゃんと覚えていてくれたなんて。しかも、TVにチラッと映った顔をみて、私のことを思い出してくれたなんて、と思うと、嬉しくなってしまった。
知り合いに会いたくないといって、散々街中をぐるぐるした挙句、最後に行ったお店で声をかけられるなんて、なんと言う皮肉だろう。おいしいごまつくねライスバーガーをほおばりながら、夫と二人で、大笑いしたのだった。


10月28日
いつも通る道
この季節になると、いつも行きたくなる道がある。うちの近くの美沢小学校の先から緑の橋を渡り、そのまま落葉松の森をくぐって白金ゴルフクラブのあたりに抜ける山道だ。一昨年、11月4日ごろだっただろうか、あまりにもよいお天気だったので、掃除を終えて3人で出かけた。森の中を通る砂利道は、落ちた落葉松の葉のふかふかの絨毯に覆われて、ときどき木々の合間から新雪の十勝岳や旭岳が見える。わくわくしながら進んでいくと、秋の日を浴びて黄金色に輝く落葉松の森に囲まれた鮮やかな緑の牧草地が現れた。
去年、やはり同じ頃、その道を3人でくぐった。途中で車を止め、森の中に入って、金色の落葉松の木々を見上げながら、思わず一年を振り返った。
昨日は、あっこちゃんが滞在されていたじっちゃんこと長谷川さんを送りにいったので、夫と二人、またおなじ道を目指した。はじめに道を一本間違えたために、違うところを通ってゴルフクラブの道へと出てしまった。今度は、いつもと逆に、あの道をたどった。行く向きが違うと、景色も全然違って見える。あの牧草地から、わき道にそれて車をさらに山道へと少し進んだと頃で車をとめた。そこから歩いて、森を抜けると、そこにはすべての山々を見渡せる、広い牧草地が広がっていた。先に行った私は、声を上げた。旭岳、トムラウシ、十勝岳連峰が、そびえ立っている。その裾野には、落葉松の山々が見下ろせる。そして、どこまでも広い鮮やかな牧草地。思わず「この夏のよき日に」を歌った。私は、何か気分がよくなると、必ずこの美しいメロディーが口をついて出てしまう。コダーイ合唱団で、何度も歌った北欧の曲だ。中村隆夫先生の訳詩が、またとても美しいのだが、私は元来歌詞を全然覚えられないたちなので、途中からラララになってしまったのが残念だった。
この道を通ると、ああ、今年も無事シーズンを終えたという安堵感やこれからの自分たちのことなど、いつもさまざまなことが思い出される。訪れるたびに、落葉松の黄葉になんだか特別な思いを強くしている。


10月27日
朝の光景
夕べからの雨が、朝起きるとかろうじてやんでいた。ムックとティンクと、玄関から外に出ると、重苦しいねずみ色の雲が、空を厚く覆っている。十勝岳の新雪が雲の中に隠れた朝日を浴びて目にまぶしく、その後ろの白い雲と同化して、怪しく銀色に輝きだした。
と、久しぶりに朝早く、きょうのひとことを書き始めたら、ちょうどパソコンの前の戸のガラス越しに写る山の景色に、不思議な光を感じだ。振り返って窓の外を見ると、山のちょうど麓、小高い丘の向こう側あたりだけが、明るく光っているのが見えた。しゃがんで窓から空を見上げると、わずかな雲間から、朝陽が、その場所に向かってまっすぐに降り注いでいる。あまりの美しさに、そこに居合わせたみんなが息をのんだ。みんな、デッキの外に出て、静かに山のほうを眺めた。
その光は、やがて雲の中に隠れて、さっきまで山と同化していた白い雲もどこかへ行ってしまった。くっきりと姿をあらわした新雪の十勝だけ連峰の背後には、色紙でも張ったようなグレイの空が、静かに広がっている。


10月26日
秋の一日
雲間から、朝の柔らかな光が射してきた。5センチほどに伸びた、玄関の向こうの笹本さんの秋蒔き小麦の新緑の絨毯が、急に輝きだした。残り少ない秋を惜しむように、昨日から気持ちのよい、暖かい日が続いている。
今日は、美瑛でSLが走るらしく、一昨日から滞在中のじっちゃんや、昨日からのお客様たち数名が、晩秋のSLを見物に行こうと、夕べから張り切っていた。6年ぶりのリピーター辻さんは、旭岳を目指した。今日1日サイクリングを楽しもうと、連泊の野元さんたちは出発した。みな、思い思いの過ごし方で、秋を楽しんでいる。


10月25日
おだやかな朝
暖かい日差しが心地よい。昨日から来ている、超超ご常連じっちゃんこと長谷川さんは、私たちよりずっと早く起きて、水沢ダムまで散歩をして来られた。雲海を見たそうだ。もう半分くらい真っ白になっている十勝岳連峰と、ずいぶん黄色くなってきたカラマツ、収穫の終わった畑が、晩秋の気色を創っている。
午前中、私がピアノの練習をしていると、夫とあっこちゃん、それにじっちゃんの3人で、薪を納屋に納める作業をはじめた。ムックとティンクは、デッキの上で日向ぼっこをしている。今日は、おだやかな朝だった。


10月23日
冬の予感
天気予報に反して、柔らかな色の青空が広がってきた。久しぶりに、山に覆われていた雲が上がると、輝かしいばかりに新雪をまとった十勝岳連峰が現れた。そういえば、1月以来久しぶりに訪れた超常連松原さんが、昨日模範牧場あたりで、雪に降られたと言っていた。そろそろ、冬支度をはじめなくてはいけない。


10月22日
野焼き
この3日ほどぐっと冷え込んで、あたりの景色も急に枯れ色になった。昨日、ラウンジのデッキの前の小豆の収穫が行われた。集めて三角に立てかけて干してあったものを、機械で脱穀していく。夕方から雨の予報が出ていたので、作業は急ピッチで進められた。
すっかり日が短くなって、5時にはあたりはもう真っ暗だ。ピアノの練習をはじめると、畑に、めらめらと大きな炎が上がった。脱穀し終わった干草を燃やしている。暗がりの中に、大きく燃え上がる炎が、ようやく農繁期が終わりに近づいていることを告げているようだった。


10月21日
「心の瞳」
昨日は、あっこちゃんの幼なじみで高校の同級生鳥飼玲子さんと旗手啓介さんの結婚式だった。11時からの挙式を無事終えて、夕方6時からは、薫風舎で結婚披露バーティーが行われた。美瑛で親しくしている方にお願いして作っていただいた素敵なアレンジフラワーと、ウエディングケーキで、薫風舎のラウンジはぐっと華やいだ。玲子さんが、ご家族やお友達に、それぞれにちなんだ刺繍を施した手作りのテーブルナプキンを一枚ずつお皿に飾り、やはりあっこちゃんの高校の同級生で、薫風舎ご常連の智ちゃんの司会により、祝宴は始まったのだった。
あっこちゃんひとり、楽しい席には居られず、忙しく働いていたのがちょっとかわいそうだったが、それでも幸せなひと時は、そこにいるみんなの心に、同じように広がっているように感じられた。あっこちゃんと高校の友人5人で「心の瞳」という美しい曲を歌った。玲子さんと旗手さんに悟られないように、昨日から間隙を縫うようにみんなで練習して、2部合唱に仕上げた。旗手さんのお姉様によるピアノの演奏も心にしみた。
すべて手作りの、心温まるパーティーは、全員の写真撮影でお開きとなった。その後も、みんな名残惜しそうに、いつまでもラウンジで歓談を続けていたのだった。


10月20日
晴れの日
夕べ遅く、ティンクと二人でラウンジのデッキに出たら、真正面にこの前よりもっと鮮やかなオリオン座や、別のたくさんの星が輝いていた。サンダルを履こうとしたら、凍りついていた。やたらと明るいので振り返ってみると、青白い月が煌々とあたりを照らしている。
朝起きると、畑は霜で真っ白になっていた。身の締まるような空気のよいお天気だ。
今日は、アッコちゃんの幼なじみの結婚式で、朝から薫風舎は晴れやかな雰囲気に包まれている。朝ごはんを食べて、みんな身支度を整え出発した。あっこちゃんも、大急ぎでお風呂掃除を終えて出かけた。私たちも、掃除をして、式場のある新区画ダムへと向かった。
式が終わると、青空の下、新郎新婦もご家族も、お友達も、みんな幸せ一杯の笑顔で写真を撮った。花嫁のブーケは、あっこちゃんがちゃっかりキャッチしたのだった。
今日は夕方から、薫風舎で結婚パーティーだ。


10月19日
延々と歩く
11月2日のリハーサルのため、16日、私ひとり東京に行った。シーズン中は特に、ほとんどうちの中くらいしか歩かないので、空港から有楽町、丸の内、東京駅からお茶の水にあるホテルにたどり着くだけでも、とても疲れてしまった。街を歩いていると、だんだん自分が雑踏の中にまぎれていく。ひとりだと、街のストレスをもろに体に感じる。
6時に江古田駅で待ち合わせなので、少し早めにホテルを出た。夏から髪が伸び放題になっているので、髪を留めるためにヘアピンかカチューシャを買おうと、池袋の西武デパートに入るが、なかなか目的のものを見つけられない。無印良品の表示を見つけて、矢印のほうへ向かって歩き始めたが、一向に売り場が現れない。延々と異常に長い地下食料品売り場をさ迷い歩いた。エスカレーターも上がってみたが、よく分からない。ようやく無印を見つけたら、そこから目的のところまでは、さらに階段を3階も上らなくてはいけないことがわかって、力尽きた。戻ろう。また延々と歩いて、西武池袋線の乗り場へ向かった。とにかく、コーヒーを一杯飲もうと思った。なかなか無い。乗り場近くにカフェを見つけたが、人があふれかえっている。諦めよう。江古田駅は初めてだが、何かあるかもしれない。とにかく電車に乗った。
待ち合わせの20分前に江古田に着て駅を出ると、すぐに、ちょっと昔風のうら寂しい喫茶店があった。ドアをあけると、がらんとした店内に、マスターとウエイトレスの女の子、それに女性客がひとり。静かだ。そこで飲んだ炭焼きコーヒーの、美味しかったこと。5分前に店を出て、ちょっと歩くと、100円ショップがあった。難なくヘアピンを100円で購入。おかげで、前髪に邪魔されること無く、無事ピアノを弾くことができたのだった。ちょっと前によんだ、森まゆみのエッセイを思い出した。引越しをして家具を買うのに、何年ぶりかでデパートに行ったら、欲しいものは見つからず疲れ果て、うちに帰ってきた。ちょうど届いていた生協のカタログをめくったら、よほど親切で気がきいている。私はもう、デパートには行かないだろう。という内容だった。もうひとつ、糸井重里が言っていたっけ。買い物というのは、よほど暇な人が楽しむものである。やはり、買い物に出かけて疲れ果てたあとの言葉だ。今回は街を歩くことを楽しみにきた旅行ではないので、自分もつくづくそんなことを痛感してしまった。
17日は、お昼に銀座で、友人と美味しい天婦羅を食べた。そのあと友人と別れて、楽譜屋、CD屋、本屋と、また延々と歩いてしまった。欲しい楽譜は品切れで、旭川で注文してくださいといわれた。CD屋も本屋も、遠かった。街には、物が溢れかえっている。その中から欲しいものを探し出すのは、至難の業だ。もしかすると、旭川の街ほど、コンパクトで便利なところはないのではないかとさえ思いながら、早めにホテルに戻ったのだった。
昨日お昼過ぎ、旭川に降り立つと、温度計は6℃だった。ひんやりした空気が心地よい。帰る道、黄葉が3日前よりずいぶん進んでいた。うちに帰ると、静かな景色にほっとしたのだった。


10月15日
澄んだ景色
夕べ、夫とムックとティンクの散歩に行こうと、玄関のドアを開けたら、身の締まるような寒さだった。昨日までとは全然違う空気に驚いた。朝起きると、よいお天気で、澄んだ景色が気持ちいい。おとといまでの温い煙った風景と、がらりと変わった。玄関の前に広がる、秋蒔き小麦の新緑が、いっそう目に眩しい。その向こうのカラマツ林は、緑がくすみ、ほんの少し黄色みがかってきた。秋はいよいよ、終盤に向かっているようだ。


10月14日
4日遅れの誕生会
昨日、超常連のお客様が、職場の同僚の方々と東京から泊まりに来てくださった。今年もう、6度目だ。私たちが夕食の後片付けをしていたら、廊下をなにやら大きな白い箱が通った。ピアノを弾く音が聞こえた。なんだろうと思いながら、ラウンジに出ると、大テーブルにその白い箱が置かれていて、みんなニヤニヤとしている。
「これから薫風舎とムックの誕生日会をしますから皆さん集まってください!」私たちも、居合わせたほかのお客様もびっくり。急いで後片付けを終えると、みんなの分用意されたムックの写真つきのきれいな楽譜を手渡されたのだった。みんなで、ハッピーバースデーの歌、それから手渡された楽譜「だれにだっておたんじょうび」を歌った。私たちは、思いがけないプレゼントにあっけにとられ、どううれしさを表現してよいやら分からなくなってしまったのだった。
白い箱は、言わずもがな、とびきり美味しいケーキだった。ちょうどその日泊まられたリピーターのご家族、それから、私の教員時代の教え子ファミリーも交えて、みんなで大テーブルを囲んで、4日遅れの楽しい誕生会となった。
皆さん、本当にありがとうございました。


10月13日
風に吹かれて
気持ちのよいお天気だ。きりっとした秋晴れではなく、もわんと暖かい空気、煙った景色は、春を思わせる。今日のひとことに何を書こうか、思索を練るつもりで、デッキにこの前つるしたハンモックに寝そべってみた。思索を練るという割には、ちゃんと枕用のクッションとタオルケットを用意している。
体がハンモックの網に包みこまれて、ゆらゆらと揺れていると、頭の中が空っぽになっていく。10月中旬にしては温かい風が、顔の上を通り過ぎてゆく。そういえば、先日いらしたご常連の横山さんがご夫婦そろって、異口同音、体が包まれて窮屈だと言っておられた。そういわれてみれば、そう感じても不思議ない気もするが。そうかなあ。気持ちいいけどなあ。私は。
そんなことをぼんやり思い出すも、一向にひとことの原稿なんて考えつかない。しかも、あんまり気持ちがよいので、なかなか起き上がる気にもなれなかった。
結局、今日はこんなことを、そのまま書いてしまった。冬までに、ハンモックに揺られる日なんて、あと何日あるだろう。


10月12日
オリオン
昨日は、夫が疲れたといって、先に寝てしまった。私は、本を持って温めのお風呂にゆっくり浸かった。部屋に戻って寝る支度をしていたら、ティンクがトイレに行きたがったので、ラウンジのデッキまで一緒に出た。ドアを開けると、プラネタリウムのように星空が広がっている。真正面に、冬の星座オリオンが大きく輝いていた。
こんなところに住んでいて、私は星座のことなどにはとんとウトくて、実をいうと、いつもオリオンとカシオペアがこんがらがってしまうほどだ。このひとことに書くために、恥ずかしながら、普段めったに開かない星座の本など紐解いてみたら、オリオンは確かに冬の星座だった。どうりで、久しぶりに、あの形を正面から見たような気がした。
こんな観察力と注意力の無さは、ひどすぎる。満天の星や輝く月を見ても、別な方向に頭が行ってしまうのだ。そういえば、中学の頃から、地学には全く興味がわかなかった。高校にいたっては、当然の事ながら選択しなかった。夕べの美しいオリオン座を思い出しながら、なんだか後ろ暗い気持ちになってしまった。
今日は、薫風舎コンサートのプロデューサーであり、雪の結晶のことでもすっかりお馴染みの平松さんが、2年前、薫風舎で演奏会をしてくださったオルガニストの今井さんとやってくる。平松さんは、何を隠そう高校の地学の先生である。事あるごとに、星のこともずいぶん教えてくれているのに、私には「馬の耳に念仏」だ。今日は、にわか勉強などして、星の話でも・・・とは行かないだろうなぁ。いつものごとく、音楽と食べる話で終わってしまいそうだ。
いずれにしても、この冬は、少し星座のことに気持ちを向けてみようかなと、ちょっとだけ思ってしまった。


10月11日
小春日和
柔らかな暖かさが、秋の景色を包み込んでいる。小春日和だ。小春日和というと、本州では、もっとずっとあとの季節のものだ。このあたりでも、10月末や11月の、雪の降る少し前、そんな気持ちのよい日が何日かある。「小春日和」とは、その頃のものだ、ちょっと早過ぎるなと考えながら、それでも、今日は「小春日和」という言葉がぴったりの一日だと思った。
11月2日のコンサートで、フランスの現代作曲家ミヨーの小品「Le Printemps(プランタン)春」という曲を演奏する。全曲を通して、ピアノの伴奏が春の柔らかな日差しと、のんびりした空気を漂わせる。11月のコンサートなので、私はこの曲を弾くとき、いつも、春ではなく小春日和の今日のような景色を思い描いてしまう。金色に輝くカラマツの紅葉や、雪をまとった十勝岳、日の光を浴びて収穫し終わった畑から立ち昇る水蒸気。演奏会当日も、そんな日であって欲しいと願いながら練習している。


10月10日
偶然の出会い
先週10月3日の休日、旭山動物園の帰りに、買い物公園沿いにあるマルカツデパートの音楽創庫というCD屋に行ったら、在庫半額セールをやっていた。見ると、結構いいCDが、軒並み半額になっている。気になりながら普段あまり買わないような物を中心に、ずいぶんたくさん買ってしまった。めずらしいコダーイの室内オケの作品集、ラトル指揮バーミンガム市響の20世紀の音楽集2枚組、聴いたことのなかったピアニストのものなど。全部はまだ聴けていないのだが、結構いい買い物をしたと思っている。
その中で何気なく買ったひとつが、思いのほかすばらしく、いまだ興奮覚めやらない。聴けば聴くほど、そしてあとから考えれば考えるほど、いい買い物をした。偶然の出会いが、また感動を大きくする。ヴォーン・ウィリアムズとディーリアスという、イギリスの20世紀の作曲家の作品集に、なんとグリーグのホルベルグ組曲のおまけつきだ。ちゃんと演奏かも確かめずに曲目だけで買ったら、演奏がまたすばらしく、興奮した。改めてジャケットを確かめると、マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(ASMF)だった。良い訳だ。またもや興奮した。5月に札幌のキタラホールでペライアとともに演奏したオーケストラだ。マリナーは、このASMFの創設者である。CDを開けてから、2枚組みだということも分かった。それで2000円のところ、さらに半額というは、本当にいいのだろうかと罪悪感すら感じてしまう。
どっぷりと深まってきた秋の枯れた景色、風に舞う落ち葉、ねずみ色の重たい雲、そんな風景に、ヴォーン・ウィリアムズとディーリアスの作品群は、あまりにもすばらしく融合する。イギリスの田舎と美瑛の空気は、きっと一緒なのだと思えてしまう。マリナーとASMFの、丹精で表情豊かな音楽が、心に深くしみわたり、魂を揺さぶる。(ちょっと興奮しているので、表現が大げさになってしまう。)
こんなことを書いていたら、また初めから聴きたくなってしまった。久しぶりに、何度も聴き返したくなるCDに出会ったときの喜びは、言いようがない。最近のCDでは、もう一枚、ヴィオラの今井信子さんの「ヴィオラ・ブーケ」という小品集が、とても好きだ。名曲集はあまり買わないほうだが、この一枚は選曲といい演奏といい、どの曲も、わくわくした。演奏会を間近に遠い存在だったクライスラーが、とても身近にいとおしく感じられた。


10月09日
誕生日
昨日夜から、Happy Birthday のメールがたくさん届いた。今日は、薫風舎8歳の、そしてムックが10歳の誕生日だ。ムックは、何度もこのひとことに書いている通り、薫風舎一周年記念日の朝、うちの家族になった。そのとき推定3歳といわれたので、この日を誕生日とした。
10月9日に何か特別なことをしたこともなく、毎年記念日は淡々と過ぎていくのだが、お祝いのメールをいただいて、思わず、この8年間を振り返りたくなった。
私たちは楽天的で、忙しい時だって、暇な時だって、毎日をわりと愉快に過ごしてきた。本当に、よい8年間だったと思う。それでも、振り返ると、苦しいことや辛いこと、悲しいことなどが、いくつも押し寄せてきた。HPには書けないようなことだって、少なからずあった。でも、そんなときに、何とかそれを乗り越えて、ああこの8年間、楽しかったなあと思えるのは、薫風舎を、私たちを応援してくださる多くの方たちの支えがあったからにほかならないと、届いたメールを読みながらつくづく思った。
薫風舎に来ることをいつも楽しみにしていてくださる方々、HPを観て応援してくださる方々、本当にありがとうございます。薫風舎サポーターは世界一だと、心から思っています。
これからも、今までと同じように、精一杯の毎日を、ひとつひとつ積み重ねていきますので、どうぞよろしくお願いします。


10月08日
男爵のおいしさ
10月、とうきびがもう終わりになって、ぐっと美味しくなってくるのがジャガイモだ。秋の朝の顔といえば、オープン以来お馴染みの「くりじゃが」と決まっているが、ときたま「男爵」を食べると、おおぅ!と目が丸くなる。
このあたりで「くりじゃが」といわれる「キタアカリ」という品種のジャガイモは、ほくほくしていて中がクリのように黄色く、ジャガイモ特有のいも臭さがない。しかし、この「いも臭さ」、男爵を食べると、これが美味しいのだ!と思ってしまう。真っ白く粉を吹く、この季節の男爵こそ、秋の味だと、男爵を改めて見直してしまう。丸のままホイルに包んで焼いたものを、食べるときには、まず真ん中からホクホクと割る。このとき、決して断面がナイフなどできれいにならないよう、自然に割れるようにする。すると、蒸気が立ち上り、イモから余分な水分が抜けて、粉を吹く。そこに、バターをたっぷりとのせたいところだが、ぐっとこらえて塩を振って、ふはふはいいながら口の中に放り込む。ああ、幸せとはこういうことをいうのだ。
そう思って、またくりじゃがを食べると、これがまた美味しい。とにかく毎朝、ジャガイモは、えらいなあと思うのだ。


10月07日
雪虫
雨がしとしとと降り始めた昨日の夕暮れ、ふと窓の外を見ると、白い小さな綿のようなものが、ふわふわとたくさん漂っていた。雪虫だ。10月のある日、突然雪虫は飛びはじめる。10月独特の鉛色の空や、もう枯れはじめた木々、冷たい手をこすりながら遊ぶ公園、雪虫はそんな子供の頃の記憶をよみがえらせる。自転車をこいで家にかえり着くと、髪やまつげや服に、雪虫がたくさんついている。その一つを手でつまんで、じっと見る。蚊のような小さい虫のお尻にその体よりも大きなふわふわした薄いねずみ色の綿がついているのが不思議だった。
そんなことをふと思い出しながら、窓におでこをつけて、雪虫が飛ぶ姿をしばらく見ていた。薄暗い怪しい光の中で、雪に似た銀色のちらちらしたものが浮遊する光景は、幻想的だ。雪虫が飛ぶと、あと2週間で本物の雪が降る。


10月06日
山葡萄の赤
台風がきてから、雨がちの天気が続いている。今朝、久しぶりに十勝岳連峰が姿をあらわすと、山の頂上付近に新雪をかぶっていた。この数日で、まわりの景色はすっかり黄色味を帯びている。真っ赤に色付いた山葡萄の葉が、くすんできた緑と枯れた黄色の景色の中でひときわ目をひく。その赤が見られる年は、なんだか得をした気持ちになる。去年は全然赤くならなかった。その前の年はどうだったろう。
今年の紅葉は、急にやってきて、とてもきれいだ。


10月04日
動物園
昨日、ずっと行きたかった旭川の旭山動物園に、3人で行った。旭山動物園は、私の大好きな絵本作家であり画家のあべ弘士さんが勤務していたところであり、あちこちからその評判を聞いていた。私は、小さい頃から動物園が大好きだったが、もう20年以上行っていない。久しぶりの休日は、もうずいぶん前から旭山動物園に決まっていた。
お昼過ぎに家を出て、評判の当麻町のピザハウスでお昼を食べた。そこから引き返して、動物園へと向かった。平日だというのに、駐車場にはたくさんの車があった。門をくぐると、観覧車や小さいジェットコースターなんかもあるにはあったが、森に囲まれて広々としていて、私の知っている札幌円山動物園や上野動物園とは、少し雰囲気が違っていた。それから、あの動物園独特の臭いがないのにも驚いた。
フラミンゴやカモなどの池を通って緩やかな坂を上がると、ペンギン館がある。建物の中に入るとトンネルがあって、大きなペンギンがすいすいと泳いでいる姿を見上げることができる。人間の腿くらいの丈がある、大きなキングペンギンを、ガラスの窓から間近に見ることができた。猛獣館では、トラやライオン、ヒョウなどを、正面からだけでなく真横から、下から、上からも見られるようになっていた。オラウータンが苦しそうにウンチをする姿を、みんなで眺めていたのが、ちょっとかわいそうだった。水のトイレにボチャンと出たら、みんな「おおぅ!」と歓声を上げた。オラウータンは、恥ずかしいのかそうでないのか、はしごを上がって、空中を散歩してうちに帰っていった。
今秋オープンして話題になったホッキョクグマ館では、ホッキョクグマがドボンと池の中に入り泳ぐ様子を、ガラス越しに見ることができる。カプセルからのぞくと、のそのそと歩く姿も見られる。みんな就寝直前で、寝室への扉の前を行ったりきたりしていた。ガラスからその様子を見ていたら、私たちの鼻先まで突進してきた。
どの棟も、動物たちがなるべく快適に過ごせるように、広々と工夫されている。お客さんが、いろいろな角度から動物たちを間近で観察できるように、細やかな設計がなされている。そこここにある小さいガラスの小窓をのぞくと、あたかもライオンやホッキョクグマやペンギンたちと、対話をしているような気分になれる。
ちょっと風の強い10月の昼下がり、気が付くとずいぶん歩いていた。みんなに会いに、今度はいつ来れるかなと思いながら、駐車場へ戻ったら、ムックとティンクが運転席と助手席に座って、私たちの帰りを待ちわびていた。


10月03日
虹・青空・雲
昨日は台風のおかげで、不思議な景色だった。雲が山をなめるように、大きく東のほうへと流れた。夕方、雨が降り出したと思ったら、急に日が差して、また虹が出た。今度は、くっきりと大きな弧を描いて、相原先生の描いたカラマツ林とその向こうの美沢小学校をすっぽりと呑み込んだ。カラマツ林も小学校も、別世界へと行ってしまったように、輝かしい色をしている。よく見ると、そのうえにもう一つ、薄い虹がかすかにかかっていた。
あっこちゃんが大急ぎでカメラを抱えて戻ってくると、空半分が青空になって、虹はほとんど姿を消していた。山のほうは、相変わらず急ぎ足の雲が、東へ東へと流れていた。しばらくすると、青空が小さくなっていた。


10月02日
停電・強風・虹
このあたりに天気予報通り台風が来ることは、めったにない。ほとんどが、それて東海上に抜けるか、温帯低気圧に変わってちりぢりになってしまう。しかし、おとといからニュースで進路を見ていると、今回は、どうも危ない。来るなと思った。
昨日夕方から雨が降り出した。寝る頃は、まだ風は強くなかった。明け方、ムックが騒ぎ出した。停電したのがが直って、電化製品がいっせいにピピッと音を出すのが怖かったのだ。なだめてうつらうつらすると、またピピッと音がする。ムックが騒ぐ。もうろうとした中で、幾度となく繰り返された。
朝起きると、雲の合間から薄日が差していた。風が次第に強くなってくる。雨はない。木々は大きくゆれ、まだらな空が、異様な雰囲気をかもし出してる。ぽっかりと青空がのぞいているのが、また薄気味悪い。「あ、虹だ。」朝食を食べ終えた主人が、厨房の窓の外を見て言った。小原さんの畑の向こうに、緩やかな放物線を描いて、虹が出ていた。虹を見ようと、ラウンジのところのデッキに出ると、生暖かい風が吹き荒れていた。風はさらに激しさを増している。木々はゆっさゆっさと音を立てて揺れ、黄葉したばかりの葉が、畑の方まで飛ばされ、舞い上がっている。


10月01日

土曜日に土砂降りになってから、曇りがちのお天気が続いている。今朝、久しぶりにくっきりと山が見えたと思ったら、後ろから覆い被さるように、雲が雪崩れ込んできた。風が吹くと黄色い葉が、はらはらと舞い落ちる。10月になった。


10月01日

土曜日に土砂降りになってから、曇りがちのお天気が続いている。今朝、久しぶりにくっきりと山が見えたと思ったら、後ろから覆い被さるように、雲が雪崩れ込んできた。風が吹くと黄色い葉が、はらはらと舞い落ちる。10月になった。


9月29日
大災難
昨日は、小樽の中村先生のお宅まで、JRに乗って、私一人ピアノのレッスンに行った。久しぶりに列車に揺られていると、今日のひとことに書きたくなるようなことが沢山浮かんでくる。行く道で読んだ本のこと、車窓からの眺め、景色を眺めながら思い巡らせたいろいろなこと・・・。ところが、とてもそんなことを書く元気が無い。疲労困憊である。
それはレッスンのせいでは決して無い。中村先生のピアノのレッスンは、どんなに苦しくとも、明日からの課題が山積みになろうとも、私にとっては、この上なく楽しいひと時である。(下手なピアノに付き合わされる先生のほうは、相当疲れたと思います。ありがとうございました。)
10時前の美瑛発に乗って旭川まで出ると、旭川発スーパーホワイトアローまでは、40分ほど時間がある。旭川に着くとすぐに行き帰りの指定席を買って、どこかで早めのお昼を食べながらゆっくりするのを楽しみにしていた。一旦旭川で改札を出て、指定席を買いに行くと、なんと行きも帰りも満席だった。かなりショックだった。仕方がないので、すぐホームに引き返し、清掃中のアローの前に並んだ。席を確保して、駅弁とお茶(お茶は買わなければよかった。)とコーヒーを買って、出発の30分も前から列車に乗っていた。出発直前には、通路にもタラップにも人が溢れた。土曜日とはいえ、異常な混み方である。帰りのことが心配になった。
レッスンを終えて先生のお宅を出たのが、5時頃だった。札幌では、11月のコンサートで着る服を下見している母と妹が待っている。札幌駅から大急ぎで地下鉄に乗り、4丁目三越交差点付近の、待ち合わせ場所に急いだ。9時発のアローで席を確保するために、遅くとも30分前には駅に行きたい。服を無事購入し、そこら辺でパパッと夕食を済ませることにした。そこら辺でパパッと食事なんて、私には許せないことだが仕方がない。見知らぬコジャレたイタリアンレストランに入り、パスタを注文した。ところが、なかなかオーダーしたものが出てこない。やきもきしてきた。料理が出てきた頃には、もう8時を回っていた。高校生の頃の早弁のおかげで早食いなのが、こんなときには役に立つ。5分で食べ終え、まだオーダーの来ていない家族を置いて、土砂降りの中タクシーに飛び乗った。
8時20分過ぎ、ホームに駆け上がると、なんと、もうすでに列ができていた。とにかく並んだ。この分だと、何とか座れるだろうか。並んでいたら、どんどん人が溢れてきて、後ろにとんでもなく長い列がどんどん伸びていく。どういうわけか若いおねーちゃん(若くないのも結構いた。)みんな、SMAPのビニール袋を持っている。SMAPと書かれた大きなバスタオルやリストバンドをもっている人もいる。そういうことか。目が半目になった。ため息だ。30分近く突っ立ってようやく列車がきた。ドアが開くと、前の連中は、仲間の席も確保しているらしく、私が中に入ったときには、もうすでにすし詰め状態だった。乗れただけよかった・・・。半目のまま心の中でつぶやいた。みんな座席を回して、仲間でハンバーガーとかたこ焼きを食べている。一つ救いだったのは、皆燃え尽きたのか、混んでいる割には車内が騒々しくなかったことだ。
疲れはもう限界に達している。あと30分というところで、ラッキーにも目の前の席が空いた。崩れこむように席につくと、思いがけない混雑に私と同様困惑していたおばあちゃんが、「具合が悪いのかい?」と言ってトマトジュースを差し出してくれた。トマトジュースは私のもっとも苦手な飲み物である。丁重にお断りしたが、その気持ちが、どんなにうれしかったことか。
11時半、夢遊病者のごとく家にたどり着き、部屋のテレビをふと見ると、キムタクが笑っていた。無性に腹が立って、激しくにらみつけたのだった。


9月28日
朝の景色
今日は、一人で小樽の先生のお宅にピアノのレッスンを受けに行くので、いつもより早起きをして、1時間ほど練習をした。夕方からお天気が崩れるせいか、夕べはさほど冷え込みがきつくなかった。ラウンジに行くとピアノが昇ったばかりの朝陽を浴びて光っていた。朝の空気が心地よい。
空に雲が多いせいで、今日は、朝から十勝岳の山肌がはっきりと見える。数日前に降った雪は、もうほとんど融けてしまっている。その代わりに、山の紅葉が、ずいぶん下まで降りてきているようだ。デッキの前の畑の向こうの雑木林も、少しずつ色付いてきた。畑には、刈り取られた小豆の山が、点々と向こうまで続いている。裏の小原さんの収穫の終わった畑は、緑肥として植えられた小さいひまわりが、鮮やかな黄色に咲き誇っている。みんな、柔らかな朝陽を浴びている。早起きのおかげで、静かな朝の景色を楽しむことができた。


9月27日
原生林の遊歩道
昨日は、青空に誘われて、結局三人で望岳台へ行った。駐車場のところから小さい桟橋を渡ると、1Kmほどの遊歩道がある。一昨年の今ごろ、おなじ三人で初めて歩いた。森をくぐると、目の前に十勝岳連峰と原生林が広がり、思いのほか気持ちのよいハイキングだった。
一昨日は、少し入ったところのベンチに腰掛けすぐに引き返したので、昨日は、気持ちのよい森の空気を吸いながら、ゆっくりとひと回りした。番茶を水筒に入れて、そこら辺にあったお菓子も持っていった。
望岳台には沢山の観光客や登山客が訪れていたが、この遊歩道はあまり知られていないのか、誰も歩いている人がいなかった。本格的な登山をする人は別として、車で望岳台まで景色を観に来る人は、ほとんど山の空気を吸い込まずに、すぐまた引き返してしまう。。私たちだって、そういうことが多い。いかにももったいない。ハイマツや独特の高山植物、紅葉し始めた木々をながめながら、こういう時間は、無理をしてでも作るべきだと、つくづく思った。途中でお茶を飲む時間を含めても、わずか30分足らずのハイキングだ。こういうことを味わわずに通り過ぎてしまう旅行は、あまりにも味気ない。
観光スポットを足早に巡るような旅は、もともと好きではないが、どうしてもいざとなると、欲張ってゆとりがなくなってしまうことも多い。車の旅行は、特にそうだ。「ちゃんと歩く時間を作る」ということが、旅行にとっていかに大切か。当たり前のことを、あらためて思い直したのだった。


9月26日
山の誘惑
申し分の無いお天気だ。空はどこまでも青く、空気は澄み渡っている。この季節独特の光の加減が、景色をよりいっそう美しく見せている。秋の、こんなお天気の日は、どうしても山の方へ行きたくなってしまう。
実を言うと昨日も、十勝岳の中腹、望岳台まで行ってきた。いつものごとくレストハウスの味噌ラーメンとおにぎりを食べて、ちょっとだけ散策をして急いで帰ってきた。レストハウスの味噌ラーメンの味を占めてから、望岳台にとても行きやすくなった。店長に「毎度様です。」といわれてしまった。アイスモナカを一個買って三等分にして、かじりながら、散策路のほうを少し歩いた。桟橋をわたって、森をちょっとくぐると、山に向かった景色がぱっと開ける。白い玉のような花がぽつぽつと咲く高山植物が、きれいだった。名前を見ると「シラタマノキ」とかいてあった。あまりにそのままの名前に、三人笑いながら、少し歩くと、テーブルと椅子があった。ああ、コーヒーでも持ってくればよかった。「あしたか?」と冗談めかしに言いあって、時間が無いのでそこからすぐに引き返した。またレストハウスに行くのも恥ずかしいから、「おにぎりを持っていくか?」と帰り道に盛り上がる。
忙しい最中、やらなければならないことも沢山あるし、二日連続はどうかと思い直すも、あまりのよいお天気である。三人申し合わせたように、掃除を急ぐ。こんなひとことを書いていたら、ますます山の誘惑に負けてしまいそうだ。


9月25日
収穫の風景
昨日は、あっこちゃんが山葡萄やツルウメモドキを採りに白金のほうへ、私と夫は、街の洋食店「おきらく亭」にポトフを食べに行ったので、十勝岳の初冠雪のことを書きそびれてしまった。新聞やテレビでで散々やっていたので、もう今ごろ書いても、全然ニュース性がない。反省しています。
まわりの畑では、にわかに収穫作業が始まった。玄関の向こうでは、笹本さんがジャガイモを収穫している。デッキの前の小豆畑(私は、ついこの前まで大豆だとばかり思って、ずっとそう書いてきました。またもや反省。)も、今朝は5時半から、永さんご家族が総出で、手作業で収穫をしている。
もうすっかり枯れてしまって、葉もほとんど落ちた小豆の茎を手でかき集めては、三角にまとめて立てかける。作業が終わった畑は、膝丈くらいの三角の小山が、1メートル位の間隔でポコポコと置かれている。秋の色合いの濃くなった風景の中、腰をかがめて作業をする姿は、まるでミレーの「落穂拾い」のように見える。そう思ってから、早朝から黙々と仕事をしている永さんのことを、傍からそんなふうに考えた自分を戒めた。しかし、もう一度思い起こしてみると、ミレーの「落穂拾い」には、そんな、自然と向き合い、額に汗をして働く人々の姿が描かれているのではないか。美術館で作品を見たときの、自分の想像力の無さこそ恥ずかしいのではないか、と、思い直したのだった。


9月23日
秋の夕暮れ
昨日夕方、夫が撮影から帰ってきてから、裏の道まで、ちょっと外の空気を吸いに出かけた。ひんやりした空気を吸い込むと、もやもやしたものがすうっと消えていくように、気持ちが良かった。裏の小原さんの桜の木が、ぼちぼち紅葉し始めている。向かい側のカラマツにもたれかかるように伸びた山葡萄の葉も、赤紫色に浮かび上がっている。
もう少し歩くと、右手に沢尻さんのとうきび畑がある。毎朝、夫とあっこちゃんが交代でもぎに行っている畑が、もう半分以上収穫を終えている。
三号線まで行くと、西の空、まるで地層の断面図のように、橙色と青紫色の大きな縞模様を描いていた。南東へ向かうにしたがって、その雲の層はうねり、橙色の変わりに、ほんのりと赤紫に色づいている。しばらく、呆然と空を眺めていた。
思わず大きな声で鼻唄を歌いながら、うちのほうへ帰ってきた。雑木林をくぐりぬけ、小原さんの畑のあたりに来る頃には、さっき橙色だった雲が、すっかりバラ色に変わっていた。うちの前を通り過ぎて、小原さんのうちの近くまで行って、もう一度西の空を眺めた。あっこちゃんが、写真を撮りに来ていた。
うちに戻って夫に夕焼けの話をすると、とても悔しがった。仕込みの時間があるから、空が焼ける前に後ろ髪を惹かれる思いで帰ってきたそうだ。私も、カメラを持っていけばよかったと、悔しくなった。


9月22日
トレビスの喜び
トレビスは、エンダイブやアンディーブの仲間で、ちょっと苦味のある赤紫色のしっかりした葉野菜だ。フランス料理やイタリア料理のサラダには、欠かせない。赤紫のきれいな葉がサラダに加わると、見た目もぐっと美しくなり、ほんのりと口の中に苦味が広がる。なかなか手に入らないので、これまで、ずいぶんと苦労して、何とか入手してきた。高いときには、握りこぶしより一回り大きいくらいのが、600円以上する。それでも、無いとなんともサラダがさびしくなるし、自分で作るのは、かなり難しいように思って、あちらこちらに手配して購入して、大事に使っていた。
今年、思い切って、とにかく種を植えてみた。オープン前から作っていたエンダイブと同じ種類だから、種まきも、同じようにやった。温度管理がわからないので、半分をバジルと一緒にトンネルの中に、半分はそのまま路地に植えた。芽は簡単に出るだろう。でも、あの鮮やかな赤紫色の葉がきれいに巻くためには、きっと何か特別なことをしなければいけないと思って、最初から諦め半分だった。
案の定、芽は元気に出てきた。夏になると、どんどん葉が大きくなったが、濃い緑色だ。間引きをしながら食べてみると、苦味がきつく、あまり美味しくない。苦味だけなら、エンダイブで十分なので、だんだん畑からも遠ざかっていた。
8月の末頃だったろうか、いつもの買ったエンダイブとはちょっと違う、緑の混じった赤紫色の葉を、サラダ担当あっこちゃんがちぎっていた。うれしい予感がして、これはっ?!と、聞くと、畑のエンダイブが、赤く巻いてきていると言う。畑に飛んでいくと、緑に広がっていた葉の中心部分が丸くなっている。色も、緑から赤紫へと変わってきている。これには興奮した。間引きも途中でやめていたので、みな大きくなりたくて、うずうずしているように見えた。赤くなっているところから、間引きをしながらサラダにどんどん使った。今年は、エンダイブのほうもとてもよくできたので、にわかにサラダが賑やかになった。
トレビスはエライ。こんなことなら、初めから植えておけば良かった。毎日、あっこちゃんにちぎられたきれいな赤紫色のトレビスを見ては、にんまりしている。ひしめき合っていた株が、少しずつ空いてきて、それにしたがって、一つの株がしっかりと大きくなってきているのが、またうれしい。この分だと、きっと雪が降るまで、トレビスの喜びが続きそうだ。


9月21日
ハンモック(その2)
一昨日、上富良野でお昼を食べたあと、丘の上のほうにある輸入雑貨店サリーリに行った。4年ぶりくらいだろうか、コーヒーを外のデッキで飲んだら、とても気持ちが良かった。アジアや南米の雑貨も面白く、なんだかたくさん買ってしまった。
久しぶりに訪れると、ハスキー犬が気持ちよさそうに昼寝をしていた。あの時と一緒だ。店内で、雑貨や服などを見てまわっていたら、夫が外にあるハンモックを見つけた。早速寝に行った。なんだか窮屈そうに、しばらくぶら下がっていたと思ったら、しばらくすると、感激して帰ってきて、ご主人とあれこれ話している。気に入ってしまったらしい。すごく気持ちがよいのだそうだ。あっこちゃんと私も試してみると、見た感じの窮屈さは全くなくて、すこぶる快適だ。体の重心が、全体にいい具合に分散されるのだそうだ。もう次の瞬間には、どれが良いかと、店内に何種類かあるものの中から、選んでいた。
うちに帰ると、夫は早速、ハンモックを正面のデッキのティンク側につるした。ティンクは、頭の上にぶらぶらと変なものが下がっているので、けげんそうだ。ちょっと邪魔な気もするが、思ったほどは違和感がない。今のところ、もっぱら利用しているのは夫だけだが、ハンモックの寝心地の良さ、是非皆さんにも味わっていただきたいと思います。


9月20日
ハンモック(その1)
昨日、1、2年ぶりに、上富良野の「20年位前のちょっと洒落た軽食喫茶」風ビストロに、お昼を食べに行った。居ぬきの喫茶店かなんかをそのまま使った、なんとなく雑然とした雰囲気が懐かしさをかもし出し、妙に気に入っていたのだが、久しぶりに訪れると、お店は改装されてすっかりきれいになっていた。よくわからないごちゃごちゃしたものがカウンターにおかれていたり、無造作に並べられたテーブルがまた、昔風でよかったのだが、余計なものはすっかり整理され、テーブルも整然としていて、なんだかがっかりしてしまった。
せっかくきれいにしたお店にこんなことを言うのは何だが、私たちは前のほうが良かったなあ。ほとんどのお客さんは、きれいになって喜んでいると思うし、もしかして、いやきっと、改装した後のほうが、繁盛しているに違いないから、店主には、余計なお世話だと怒られそうですが・・。
商売柄、居心地のよさってなんだろう?と、まじめに時々考えてしまう。新しさや綺麗さが、必ずしも居心地のよさとは結びつかない。よく分からないけれどなぜかここは落ち着くんだよなぁ、と思える場所は、どこかに隙があったりする。独特な空気と時間が流れている。きっとそれは、計算してできるものではない。もしかすると、その空間を作った人の独特の空気や時間が、自然とそこには漂うのかもしれない。
なんてことをチラッと考えながら、きれいになった店内で昼食をとり、ちょっと寂しい気持ちでお店を後にしたのだった。
あれ?今日のお題はハンモックのつもりが、変なことを書いてしまいました。ハンモックは、明日に続く。


9月19日
出かけちゃう。
久しぶりに青空が広がった。今日は、最高気温が25℃を超えるそうだ。今年最後かもしれない半そでで、ちょっと上富良野のほうまで行ってみることにした。ここ数日、パソコンのおかげで、脳みそから肩までバリバリになってしまった。(自分がコーヒーをこぼしたので、仕方がないのだが。)そっちのほうも、まずます一段落したので、今日は、出かけちゃおう。
上富良野の駅の近くの、「20年位前のちょっと洒落た軽食喫茶」風、小さなビストロで、ランチといこうか。このお店のことは、たしか2年位前にもこのひとことに書いた。幼少の頃から喫茶店好きの私には、たまらない雰囲気の店だ。店内に独特な時間が流れているので、忙しいときにこそ行きたいが、時間を忘れたひとときの後には、その時間を取り戻す忙しさが待っているため、結構気に入っているのだが、なかなかいけない店の一つだ。
もう今日はいいや。行っちゃえ!でも、その前に掃除、掃除。


9月17日
心の平安
気圧の谷が通過中だ。雨がしとしとと降っている。しかし、気分は悪くない。レスキュー隊長佐竹氏から、ハードディスク無事との連絡が入ったからだ。こちらのパソコンもようやく環境を整え、心の平安が戻ってきた。皆様、ご心配をおかけしました。


9月16日
気を取り直す(きのうのつづき)
昨日、PCにコーヒーをこぼした。夕方には復活するかと期待したが、電源を入れても黒い画面のままで、起動しない。大変な事態になってしまった。PCは諦めるにしても、データーが消えてしまうのは、参る。参るが、無くなってしまっている物は仕方ないのだ。手を尽くしてダメなら、まあ、そのときは、それで何とかするしかないのだ。こんなとき、機械に頼っている自分を考える。大事なことは、紙に書いておくべきだと、つくづく思う。
とりあえず、もう一台のノートで、たいていのことはできるようにはしてあるので、当面はこれで用が足りる。あっちにしか入っていないデータ、写真も全部入っているし・・と考え出すと、ため息が出るが、そのたびに、気を取り直す。
夕べ12時を回ってから、メールを書こうとラウンジに戻って、ついでに未練がましく電源を入れてみた。ところが、ピーピーという音とともに、Windowsがたち上がったではないか。健気にエラーチェックまでして、デスクトップのあの台湾犬ちんクンの顔を見た時には、涙が出そうに(これは大げさ。)なったのだった。慌ててデーターを吸い上げようと、再起動を試みたが、キーボードが効かない。強制終了して、ふたたび電源を入れると、またもとの黒い画面に戻ってしまった。しかし、データは生きている。(と思う。)佐竹さんに協力してもらって、できる限りのバックアップを取り、PCは修理に出すことにした。
昨日のひとことを読んでお見舞いメールを下さったご常連の方々、本当にうれしかったです。そんなことで、何とかなりそうな希望が出てきたので、どうぞ安心してください。あーあ。もうこんな「ひとこと」はいやだなあ。まあ、心と体さえ元気なら、世の中何とかなるものです。そんなときでも、気楽にいきたいものです。


9月15日
意気消沈
今朝、大変なことが起きてしまった。朝食が始まっているのに急ぎのメールを書いていて、慌てて席を立ったら、手に持っているコーヒーを、キーボードにこぼしてしまったのだ。慌てて拭いて厨房に戻り、後片付けをしているときには、そのことをすっかり忘れていた。片付けを終えて、メールを書こうと気-ボードを叩いたら、文字か打てない。頭が真っ白になった。いろいろ試すが、キーボードは全く動かない。再起動をかけたら、終了時に変な音がして、ますますぶっ倒れそうになった。
ふたたびパソコンを立ち上げると、変な文字が出てきて、ただ事ではない。それでも、何とかかろうじて立ち上がったのだが、キーボードは動かず、そのうち、画面は真っ黒になった。私の頭は真っ白だ。ダメかもしれない。サーバー佐竹氏に電話をすると、「ダメかもしれない」といわれ、言葉も出ない。とにかく、電源を入れるのは禁物で、しばらくは風通しの良いところにおいて置いたほうがよいとのこと。なんと言う原始的な治療法だろう。
もうすでに、パソコンは、自分たちのライフラインに近い存在になってしまっている。データーが消えてしまったら、と考えると気を失いそうだ。いろいろなことが頭をよぎり、くらくらしながら、掃除をはじめた。もう考えても仕方がない。「形あるものは壊れる。」という言葉を、呪文のように唱えながら、掃除機をかけたのだった。そうして、まあ、家族がみんな元気であれば、他には何も望むまいと、自分に言い聞かせ、気を取り直して、もう一台のノートで今日のひとことを書いているところだ。
さて、一晩寝かせたパソコンが、果たして復活するか・・・。もしだめになった場合には、皆さんにも少なからずご迷惑をかけることがあるかもしれませんが、どうかお許しください。


9月14日

気持ちの良い秋の日が続いている。
昨日夕方、ピアノの練習をしていて、ふと外に目をやると、十勝の山々が、夕陽を浴びて赤紫色に輝いていた。夏には決して、こんな色にはならない。季節の移り変わりを感じた。
これから日増しに、朝晩の冷え込みがきつくなっていく。締まった空気が、今はまだ心地良く感じられる。ゆっくりと動いていく秋を、できるだけ長く楽しみたいと思う。


9月13日
12時間(その2)
旭川空港の脇から、東川、当麻、愛別町と抜けて、国道39号線を渡る。ここからは、およそ観光客の通らない道だ。山の中にダムが点在するその静かで美しい道は、下川のレストランの奥さんが「動物がたくさん出ます。」と言ったとおり、エゾシカが2頭ひょっこりと姿を現し、私たちを迎えてくれた。
約2時間、気持ちの良いドライブを楽しむと、思ったよりはずっと早く、ソーセージ屋のご主人絶賛の無国籍レストラン「モレーナ」に到着した。
古い民家を利用した「モレーナ」。ここの居心地のよさは格別だった。メニューを見ていると奥さんが「ゆっくり選んでください。どうせ早くはできないんだから。」と言った。そんなことを言われても、全然いやな感じがしない。時々外に出ては、自家菜園のトマトやなんかを持ってきて、奥の台所で調理をしている。私たちは、もう時間なんか全然気にせず、店内に無造作に置かれた世界中の旅行の本とか写真、絵本などを読む。人懐こい黒犬チャーリーが、とことこと歩いている。このチャーリー、知る人ぞ知る漫画「ウッシーとの日々」のウッシーの兄弟であり、その第2巻に堂々と登場している。そのことを、調理の合い間に、奥さんがやってきて教えてくれた。「モレーナ」については、とても書ききれないので、また別の機会に書きます。
ゆっくりと食事をして時計を見ると、午後3時をまわろうとしていた。私たちの頭の中には、もう、オホーツク海が浮かんでいる。ここから1時間ほどで、雄武町の日の出岬まで行けると言うのだ。日の出岬にある海を臨む温泉のことを、ご常連石井さんに聞いて、いつか行きたいと思っていた私たちは、もうひとがんばりを惜しまなかった。下川町から雄武町に抜ける道は、これもまたおそらく、観光客の人々は、まず選ばない道だろう。この道の美しさは、夕日のあたるオホーツク海以上に心に残るものだった。紅葉を待つ深い緑の森と、落ちかけた太陽の光を浴びてそよそよと揺れる牧草畑。どこまでも青い空。余計なものは、何一つ目に入らない。その心地良さを、観光地にいると忘れてしまう。
海を見ながら温泉に浸かり、旭川に戻ってきたのは8時過ぎだった。それから、これも石井さんお薦めの「天金あきを」という日本料理店で、心行くまでおいしい食事を堪能した。帰りに本屋によることも忘れなかった。薫風舎へ帰ってきたのは、出発から12時間後。3ヶ月ぶりの12時間の休暇は、すべてにわたって申し分のないものだったと、私たちはちょっとうぬぼれている。


9月12日
12時間(その1)
昨日は、6月4日以来のお休みをいただいた。お休みといっても、お客様をお見送りし、全館清掃を終えてからだから、半日の休みだ。それでも、ずいぶん前からどこに行こうかと、3人であれこれ迷った。かなり疲れがたまっているので、近くで温泉に浸かって、おいしいものを食べるくらいが関の山だが、近間の温泉は大体行き尽くしているし、特に是非行きたいところというもの浮かばなかった。
お天気がよければ、旭岳でも行こうかとも思ったが、ひとつピンと来なかった。もうひとつアイディアがあったが、ちょっと遠いので最後まで迷った。ご近所のソーセージ屋のご主人が、夏の忙しい時に、超お勧めレストラン情報をメールで送ってくれたのだ。下川町。道北の小さい町だ。何時間かかるだろう。そそられるが、それだけのためにわざわざ足を運ぶのはどうかとも思った。しかし温泉の本をめくったら、ひとつ小さい温泉がある。
昨日は幸いにも、午前中雲っていた。幸いにもというのはおかしいが、晴れたら、そんなに行きたくない旭岳に、行ってしまっていたに違いないからだ。よし、下川町まで行ってみよう。大急ぎで掃除を終えて、11時前に3人と2匹は薫風舎を飛び出したのだった。あすにつづく


9月11日
一年前
昨年9月12日の朝、前夜に起こった凍りつくような出来事に全身がとらわれて、今日のひとことを書くことに、大変な苦痛を覚えた。あれから一年、自分達の生活は、何も変わっていないはずなのに、何か胸の奥のモヤモヤとしたものが、大きくなったり小さくなったりしながら、くすぶり続けている。きっと、この気持ちは、世界中の人の心の中に、さまざまな形で宿っているのではないかと思う。
今日は、3ヶ月ぶりの休日で、本当は、楽しいことでわくわくしているはずなのに、なんとなくどこかに後ろめたさを感じて、わくわくした気持ちが表に出てこない。
9・11の追悼式典の報道が、TVや新聞をにぎわしている。その裏側で、空爆や内戦で命を落とした数え切れない人々や子供たちもいるのだということを、考えずにはおれない。


9月10日
秋の晴天
昨日夜、お客様とラウンジで話をしていても、ぐぐっと気温が下がってきたのがわかった。明日は予報どおり、晴天に違いないと思った。
11時頃、夫とムックとティンクと散歩に出かけたら、満天の星が広がっていた。天の川が、頭の上をゆるりと流れている。頬に当たる風の冷たさが、深まる秋を感じさせた。
朝起きると、あたりは靄に包まれていた。太陽が昇るにつれ、少しずつ霧が晴れ、やがて真っ青な空が広がった。秋の畑の景色の向うには、十勝の山並みがそびえている。


9月09日
黄金色の景色
デッキの前の小豆(ずっと大豆だと思い込んでいて、ひとことにもそう書いていました。)の葉が、ずいぶん黄色くなってきた。目の前は、緑から黄色へのグラディエーションだ。ゆるやかな風を受けて、そよそよとなびいている。
ちょっと外を歩くと、あちらこちらの収穫の終わった畑が、緑肥として植えられたキカラシの黄色い花で彩られている。
おととい、旭川に出かけたときには、行く道沿いにある水田が、眩しいほどの黄金色に変わっていた。


9月08日
15分の喜び
ひとりで旭川に行くと、たいてい用を足してまっすぐ帰ってくる。食事も、そこらで適当に済ませる。みんなで行く時は、何を食べるかは最重要なことだし、ついでに時間の許すかぎりの寄り道を考えるのに、ひとりだと、すぐにうちに帰りたくなってしまう。
昨日も、用事があって旭川の街中まで出かけたのだが、駐車場の近くで、適当に、しかも大急ぎで食事を済ませた。夫から、サライを買ってくるように頼まれたので、帰りに書店にだけ立ち寄った。
そろそろ、活字も恋しくなってくる季節だ。夏の終わりから、本屋さんに行きたいなあ、と思っていたので、一歩中に入るとすごく嬉しくなった。新刊や文庫、新書のコーナーも、ゆっくりとはいかなかったが、ひととおり歩いた。いくつか手にとったが、まだ読まなければいけない本がたくさんあると自分を戒め、買わなかった。
その代わり雑誌でも買おうかと売り場に行くと、新しいのがいっぱい出ていて(1ヶ月近くぶりだからあたり前だが。)、見ているだけでわくわくした。その中から「散歩の達人」と、「Pen」、「CafeSweets」などを買うことにして、それからサザエさんの文庫から、初期の3冊も忘れずに購入した。
わずか15分足らずではあるが、ちょっと満たされた気持ちになって、帰ってきたのだった。


9月06日
お昼の材料調達
毎日のように、掃除を始めると、お昼ごはん何にする?というはなしになる。昨日の発芽玄米ごはんが結構残っているな。サーモンのサラダのシャケも、少しある。そうだ、シャケ炒飯にしよう。掃除が終わると、ボールをもって畑をうろうろする。人参や、ピーマン、大葉も入れよう。すぐさまボールは、炒飯の材料でいっぱいになる。
材料を刻んでいたら、ごはんよりも野菜のほうが多くなってしまった。仕上げに醤油をまわし入れ、この前宅配で注文した、おいしい焙煎いりごまをたっぷり入れた。


9月05日
脚浴のすすめ
年のせいか、最近、寒暖の差に体がついていかない。2日前までの真夏日のあと急に秋めいて、今朝は体中の血管が収縮してしまったかのようだった。
色々な方から、足浴がいいという話しを聞いて、寒さが抜けない時とか、風邪の引き始めに、思い立つと、大き目のタライに熱いお湯を溜めて、しばらく足首をつけて置くようにしていた。そうしたら、先日泊まられた整体の大先生が、脚浴を勧めてくれた。足首だけではなく膝の上まで、お湯に7分間浸けるといいそうだ。朝起きたら、毎日やりなさいといわれたが、毎日というのはなかなか実行できない。それでも、思い出しては何度か実行した。
今朝は、体が冷え切って、どうしたものかと重たい身体をようやく動かし始めた時に、脚浴のことをはっと思い出した。掃除の前の少しの時間、熱いコーヒーとこの前インターネットで注文した本を持って、お風呂場にこもった。お風呂のへりに腰かけて、一人でコーヒーをすすりながら、普段なかなか読めない本のページをめくっていたら、足の先がポッポッとしてきた。だんだんそれが膝、おなか、と上がってくるのがわかる。そのうち、体中の血が心地良く廻り、足から頭の先まで、手の指先までも、暖かさが広がった。ブラインドから入ってくる朝の光が心地良い。少し冷めかかったコーヒーで、胃の中も温まった。さっきまでの浮かない気分がうそのように、やがて心も身体も、すっかり覚醒したのだった。ほんの少しの時間で、こんなにもリフレッシュできるものなのだ。これは、病み付きになりそうだ。


9月04日
秋の空気
デッキの前の畑の上を、たくさんのとんぼが、低く飛び交っている。きりりとしまった朝の空気は、まぎれもない秋のものだ。小豆畑の葉の色が黄みがかってきて、まるで花が咲き始めたように見える。
9月に入ってからようやくやってきた束の間の夏が、気持ちのよい秋をつれてきてくれたのかもしれない。


9月02日
32℃の恐怖
澄みわたった空気。雲ひとつない青空。山のシルエットが、くっきりと見えている。窓からは、ひんやりとゆるやかな風が入ってくる。この気持ちよさは、しかしなんとなく、これから急激に気温が上がってくるであろうことを予感させなくもない。
予想最高気温32℃。9月に32℃はないだろうと、耳を疑った。8月には、寒くてストーブまで付けたのだ。8月の末になって、ようやくかろうじて半袖で過ごせるようになった。毛穴はすっかり縮んでしまっている。いまさら32℃は困る。(なんていうと、本州、四国、九州、沖縄の方々から怒られそうですが。)ひたひたと音もなく近づいてくる灼熱の1日?に、冷夏に慣れきってしまった北の住人、いや、薫風舎一同、いやその、最近暑さにめっぽう弱い私とティンクは、今からおびえている。


9月01日
朝の散歩
今朝、久しぶりにムックとティンクと散歩に出かけた。散歩といっても、裏の道から三号線に出て少し歩いただけの、20分足らずの短かいものだが、朝のひんやりした空気の中、いろいろなものを発見して、とても気持ちがよかった。
小原さんの小さい雑木林の中を歩いてみたら、青い花がいくつか咲いていた。8月の異常気象でもう紅葉してしまった、山葡萄の葉を見つけた。肩に、小さい虫が落ちてきた。
三号線に出ると、まわりの木々の緑が、深くなっていた。セミに変わって、秋の虫の声が、りんりんと涼しげに聞こえている。そういえば、もう9月なんだなあと思った。いつもあっこちゃんがもぎにくる、沢尻さんのトウモロコシ畑では、すずめよりひと回り小さい小鳥が、たくさん遊んでいた。
家に帰って、玄関の戸を開けると、入れたてのコーヒーのいい匂いがした。バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタが聞こえてきた。


8月31日
マリーゴールド
防虫用に、畑に植えたマリーゴールドが、ひときわ元気だ。虫除けになったかどうかは良くわからないが、野菜の間に植えたマリーゴールドの、鮮やかなオレンジと黄色の花が、目に眩しい。


8月30日
にんじん
さすがに、体も気力もかなり衰えてきた。6月からの忙しさが、3ヶ月近く休みなく続いている。あと、2ヶ月頑張らなくてはならない。ここらで、鼻先に人参でもぶら下げなければ、身が持たない。3人で、11月の旅行の計画を立て始めることにした。
今年は、がんばって青森から一気に長野へでも、とも思っていたのだが、忙しい旅は、考えるだけでも気が重たくなる。今年も、東北の温泉で、少しのんびりしようということになった。去年は、遠野、花巻まで足を伸ばしたが、今年は、秋田と、いつも素通りの青森の温泉を廻り、久しぶりに函館あたりも歩こうか、などと話していると、もうひとがんばり出来そうな気がしてきた。


8月29日
夏到来?
今日降るはずだった雨は、夕べの大きな雷とともに、夜中に全部降り切ってしまったらしい。朝起きると天気予報が変わって、気持ちのよい青空が広がっている。朝から気温が高い。味わえなかった夏の陽気が、8月も終わりになって、ようやく美瑛にもやってきた。


8月29日
8月28日
暑さ
もう今年は、半袖短パンは必要ないと思っていたら、昨日から暑さが戻った。今日は特にむし暑い。掃除を始めたら汗が噴出してきて、慌てて短パンに着替えた。一度、寒さを体験した体には、このむし暑さはこたえる。気温は、おそらく30℃までもいっていないと思うのだが、何しろ先週は、最高気温が15℃に満たなかったのだ。頭ががんがんしてきた。
雨が近いのか、外の景色もなんとなく靄っている。でも、このところの気温と太陽のおかげで、とうきびはぐっと甘さを増した。いくら体がしんどくても、暑い暑いと、文句は言えない。


8月27日
かづ君旅立つ
7月11日から約1ヵ月半、スタッフとして頑張ってくれたかづ君が、今朝、薫風舎を旅立った。25日に仕事を終え、昨日は、美瑛に来てから15000円で買ったスクーターで、1日美瑛周辺をまわった。クラークホースガーデンで乗馬をして、今までなかなかいけなかった美瑛の丘を、夕暮れ時まで楽しんで帰ってきた。
今日はいよいよ旅立ちの日だ。朝食時でバタバタして、ろくに見送りも出来なかったのが残念だ。7時50分のバスに乗り、美瑛の駅から帯広へと向かった。出かけに渡された、夕べあっこちゃんがおそくまで作っていた思い出のアルバムを手に。
今年は、6月初旬から忙しい日が続き、3人とも7月に入る頃にはヘロヘロだった。癒し系スタッフかづ君の、細やかなやさしさと、パワフルな働きっぷりに、どれほど助けられた事か。
これから、帯広、函館、小樽を駆け足で観光して、フェリーで広島へと帰ることになっている。そして来月には、念願のイタリアへと出発する。イタリアで、少しでも多くの事を学び、元気に帰国して欲しいと心から願っている。


8月26日
秋の景色
のっぴきならない秋の景色だ。空気が澄んで、久しぶりの青空を背に、十勝岳がひと際大きくそびえたっている。とんぼが飛び交い、緑が輝いている。


8月25日
かづ君の送別会
夏の救世主として、多大な活躍をしてくれた広島のかづ君も、今日で仕事納めだ。とはいえ、相変わらず忙しい毎日なので、いつものように掃除をして、いつものようにお昼ごはんの用意を始めた。せめて今日のお昼は、ちょっとご馳走を作って送別会にしようと、作りながら思い立った。夕べの残りの発芽玄米ごはんがあったので、そうだ、エビとキノコのドリアを作ろう。それと、かづ君にいつか食べさせようと思っていた、薫風舎自慢のトマトソースのパスタ。
急いでベシャメルソースを作り、冷蔵庫の残り野菜とエビ、ごはんを炒め、2種類のチーズをのっけてオーブンに放りこんだ。ドリアを焼いている間に、パスタを茹でて、ニンニクと唐辛子の効いたトマトソースを作った。
あり合わせで作るささやかなご馳走だが、みんなでゆっくりとランチを楽しんだのだった。食後の珈琲とともに、セブンイレブンのチーズケーキをデザートにするあたりが、トップシーズンを感じさせる。最近ちょっと気に入っている、売り出し中の「絹レア」だ。(これは、コンビニのデザートとしては、かなりポイントが高い気がします。お試しください。)
あわただしい毎日の中で、こういうひと時のなんという贅沢なことか。


8月24日
笑って昼寢
いいかげん、天気が悪いとか寒いとかいうことは、書き飽きてしまった。何か、いいことはないかと、あたりを見回したり、想像を駆け巡らせたりしても、そういうときは、何も浮かばない。かといって、また食べることに走るのも芸がない。今日は、音楽について考える元気もない。
そういうときは、昼寝に限る。そうだ、昨日あっこちゃんが買ってきてくれた、サザエさんの文庫本でも読みながら、笑って寝るとしよう。


8月23日
あっこちゃんの休日
かづ君が来てくれたおかげで、あっこちゃんに、3年目にして初めて、夏の休日をあげることが出来た。かづ君から、自分が8月25日までなので、その前にあっこちゃんにお休みをあげてくださいと申し出があった。ちょうど私たちも、同じことを考えていたので、晴れて、今日、あっこちゃんの休日が実現した。
お休みといっても、朝の食事の片付けを終えて、大急ぎでお風呂掃除をしてからの出発だ。それでも、いつもの鼻歌が、今日はなんだか弾んで聞こえていた。みんなに、出掛けにさんざん嫌味を言われても、今日ばかりは角を出さずに、ティンクの笑顔のようにへらへらとしていた。10時に、愛車、水色のデュエットでいそいそと出かけていったのだった。
さっき、携帯電話からメールが入った。旭川の旭山動物園の見学を終えて、これからクラークホースガーデンで乗馬を楽しむらしい。


8月22日
薪ストーブ
今朝、ついに薪ストーブに火がともった。8月にストーブは初めてだ。さすがに、少し燃やすとラウンジは暑いくらいになったのだが、それでも火が点くと、不思議にみんなストーブのまわりに集まる。のんびりした空気が漂う。
赤々と燃える炎を見ていたら、なんだかほっと気持ちまで暖かくなった。もうすぐ薫風舎とお別れのかづ君は、まさか暖炉の火を見られるとは思わなかったと、とても喜んでいた。


8月21日
長袖
今日、とうとうしまってあった長袖のTシャツを数枚引っ張り出した。まだ8月だと思うと、ついやせ我慢して半袖を着たくなる。しかしそれももう限界だ。予想最高気温が14℃では、10月ではないか。こうなったら、もう、今は10月なのだと、自分に言い聞かせる事にした。長袖のTシャツの上にカーディガンを着て、その上にフリースを羽織っても、朝などまだ寒かった。いいかげんにしてくれと、叫びたくなる。


8月18日
朝のテレビ
朝、夫が一番に起きる。テレビをつけて、顔を洗い、厨房に行ってから、私が起きると、必ずムックがテレビの前に正座をしている。食い入るようにニュースやドキュメンタリーを観ている。画面が天気予報にかわると、その場から離れて、もうひと寝入りを決め込む。天気予報は、面白くないらしい。それでも、大好きな番組のテーマソングがかかると、ふたたびテレビの前に飛んでいく。
あまりに一生懸命観ているので、朝の散歩を遅らせて、そっとしておく事もあるほどだ。
前は、夜の番組をよく観ていたのだが、年をとって、朝型になったらしく、最近はもっぱら朝のNHKを楽しみにしているようだ。


8月17日
みやこカボチャ
いつもなら、遅くとも8月10日には、北村さんのみやこカボチャが出来ている。濃いオレンジ色の、甘くホクホクしたカボチャを毎年楽しみにしている。一週間ほど前、今年はきっと遅くなるだろうと思いながら、北村さんに電話をかけた。今年、6月末に季節外れの霜が降りた。その霜で、みやこカボチャが全滅したそうだ。予想外のショックな答えに、言葉を失った。
この夏の悪天候で、畑にも相当な被害が及ぶのではないかと、気にかかっていた。まさか、カボチャが全滅していたなんて、想像もしていなかった。胸が痛んだ。そんなとき、決まって農家の人たちは、淡々と語る。自然相手では、どうする事も出来ないということを、よく知っているのだ。
あの、北村さんのみやこが、今年は食べられないのかと思うと、とても残念でならないが、そんな事はほんとうに小さいことだ。これから、少しでも暖かさが戻って、畑の被害が最小限になるよう祈るしかない。
昨日、薫風舎では、今年はじめてのカボチャのグラタンが、ようやく食卓に上った。今年は、あちこちから調達したカボチャを見るたびに、北村さんのことを思い出さずにはおれない。


8月16日
太陽
汗ばむ気温が、ようやくもどってきた。朝からアブラゼミが、よく鳴いている。今朝のとうきびは、一昨日のに比べると、格別に甘く実もよく入っていた。畑のトマトも、昨日よりぐっと赤くなった。
みんな待ちに待った太陽の光を浴びて、今までの分を取り戻そうと、思いきり伸びをしているように見える。気がつくと、とんぼの大群が空を飛んでいる。


8月15日
流れ星3つ
昨日お昼を過ぎた頃から、日が差し、青空が広がった。空気は夏を通り越して、すっかり秋の気配だが、延々と寒い雨が続いていたこのあたりには、眩しすぎるほどのお天気だ。夕方ピアノの練習をしていると、久しぶりに、デッキで山を眺めながらのんびりするお客様の姿を見て、嬉しかった。
夜、美沢小学校から、懐かしい「子供盆踊り」の曲が流れてきた。デッキに出ると、星空が広がっていた。ピュンッと、大きな流れ星が流れた。
10時頃、夫とムックとティンクとふたりと2匹で散歩にでた。ゆっくり散歩をするのも、本当に久しぶりだ。夜空には、満天の星。天の川がゆったりと流れていた。山のほうへ向かって歩いていたら、また、ピュン、ピュンッと、大きな流れ星がふたつ、ゆっくりと夜空に流線型を描いて落ちていった。


8月14日
条件反射
薫風舎の夜の話題は、相変わらず食べる事が中心だ。夕べも、ご常連の方々が集まって、おそくまでおいしいお店の話に終始した。情報は北海道に留まらず、全国各地に広がっている。おかげで情報ノートは日々充実し、行きたいお店リストがどんどん増えるのだが、なかなか足を運ぶチャンスがない。九州のうどん屋さんとか、仙台のハンバーグ屋・・・いったいいついけるのだろう。札幌のお店だって、なかなか行けない。特にこの季節は身動きが取れないから、話だけで終わってしまって、空しさをともなう。
特に罪なのは、ラーメンの話だ。どういうわけか、ラーメンの話をすると、どうしても食べたくなってしまうのだ。ここ数日、毎日ラーメンの話しが出る。夕べも、駄目押しのようにラーメンの話がでた。今日、掃除をしていたらしょうゆラーメンが頭から離れない。頭をぶんぶん振ってみたが、だめだ。もうこうなったら、食べに行くしかない。なんだか条件反射のように、無理を承知で、美瑛の街まで4人でラーメンを食べに行くことにしてしまった。夕べの面々は、それぞれおいしいお店を目指して旅立って行ったのだ。私たちだって、しょうゆラーメンくらい食べても許されるに違いない。


8月13日
サザエさん
どういうわけだか、今、私はサザエさんにはまってる。一ヵ月半ほど前、生協の共同購入で対訳サザエさん全12巻というのを見つけた。英語で読んだら、多少は英会話の足しになるだろうかと思い、なんとなく買ってしまった。
子供の頃、サザエさんの単行本は、病院の待合室とか友達の家とか、そういうところで読むのを楽しみにしていた記憶がある。うちにも、誰かからもらったのが、2、3冊あったろうか。何度も同じ本を読み返して笑った。自分で本を買うのは初めてだと思う。
カツオやワカメや波平が英語で喋るのは、なんだかよそよそしいようにも感じたが、横にちゃんと対訳が付いているし、慣れるとまったく違和感はない。・・・というか対訳の方を先に読んでしまい、英語の勉強どころではない。すっかり、サザエさんワールドにはまり込み、寝る時には欠かせない睡眠薬となってしまった。疲れ果ててベッドに横になっても、ページをめくると、昭和の懐かしさあふれる磯野ファミリーの何ともいえない世界が広がる。仕事の疲れなど吹き飛んでしまう。
いまさらここでサザエさんについて語る、なんて野暮はしないが、今度東京に行ったときには、必ず長谷川町子美術館に行こうと心に決めた。全12巻も8巻目まで来て心さびしくなってきたので、本屋さんで、長谷川町子関連の単行本など見かけると、ついつい買いあさってしまっている。


8月12日
夕焼けと十勝岳
昨日、ご常連の加藤さんがやってきた。今回は写真のほかに、十勝岳登山を目的としているのだが、この悪天候続きで、どちらもあまり期待できないのではと、心配していた。
昨日夕方到着されると、久しぶりに日が差してきた。今日に備えて、望岳台まで下見にでかけたら、本当に何日ぶりだろう、夕焼けであたりが赤く染まった。厨房からのぞくと、西の空が真っ赤になっていた。
加藤さんは早朝、私たちの寝ている間に、十勝岳へと出発した。だんだん雲が晴れて、十勝岳連峰がこれまた何日ぶりかでその姿を現した。12時過ぎ、そろそろ下山する時間になって、山の後方から雲が少し出てきた。加藤さんの行動に合わせるように、天気が変化しているようで、こちらまで嬉しくなった。帰って、山の話を伺うのが今から楽しみだ。
明日は、加藤さんのお仲間の宮崎ご夫妻が合流する。明日の天気予報によると、どうもまた雨になりそうだ。


8月11日
モンモオ
昨日、ふと思い出した。2、3日前、暖炉の前でお客様とお話していて、大事な事をメモに書いたような気がする。ところが、誰と話した時だったか?何を書いたのか?いくら考えても、まったく思い出せない。かなり重要なメモだった気がする。半日ほど頭を悩ませた。とうとう思い出せず、あっこちゃんに聞いてみた。すると、すかさず「モンモオ!」と答えた。
8日の夜、2年ぶりに泊まりに来て下さった山菅さんが、どうしても滝川に寄りたいと言う。「モンモオ」というお菓子を買いたいのだそだ。「モンモオ?」聞いたことがない。名前からは想像もつかない。しかも滝川のお菓子とは!?
すると、使い込んで、もうくたくたになった3、4年前の「マップルマガジン北海道」を見せてくださった。おお、編集社シマウマクラブが手がけた最後のマップルだ。久しぶりに開いてみると、やはり内容が驚くほど濃い。その中の、巻末のコラムに、あったあった!「モンモオ」。滝川出身のスタッフ超お勧め、岡田菓子舗「モンモオ」。牛乳をたっぷり使った白餡の焼き菓子。スタッフ曰く、世界一おいしいお菓子だそう。
世界一とは、大きく出たものだ。そして、最後の「取り寄せ可」というところに目が止まった。これは、取り寄せないわけにはいかないと、連絡先を小さな紙に控えたのだった。
ところが、そのメモはいったいどこにやったのか?また全然思い出せない。すると、あっこちゃんがエスプレッソマシンの下から取り出してくれた。さすがだ。早速注文したら、今日お昼にちゃんと届いた。素朴な包み紙がかわいい。てらいのないシルバーのパッケージが、また雰囲気を盛り上げる。おそるおそる中を開けると、これぞ「モンモオ」という感じの、ほっこりとしたお菓子が出て来た。口にいれると、これがまた素朴な味で、シマウマのスタッフが世界一というのも、うなずける気がした。しばらく、薫風舎は「モンモオ」ブームとなりそうだ。


8月10日
悲しいズッキーニ
今日も朝からよく降っている。もうこれで何日目だろう。冷たい雨が続いている。
一昨日ご近所で風景館というフォトギャラリーをやっている写真家の黒川さんの奥様がいらしたので、すかさず、ズッキーニを持っていって!!と言って、畑に飛び出した。しばらく放っておいたので、巨大化したズッキーニがゴロゴロあることを想像していたら、すごく細い小さいのが数本あるだけだった。この寒さと雨で、すっかり成長を止めているらしい。困った。これではうちで使う分もままならない。心の動揺を押さえつつ、その中でもなるべく大きいのを2本、「あまり大きくなってないみたいで・・。」などと、言い訳しながら渡した。なんだかきまりがわるい。
どんなときでも元気に巨大化するズッキーニが、こんな状態だ。まわりの畑にも被害が出るのでは、と心配がつのる。いつになったら、夏が戻って来てくれるのだろう。


8月09日
ムックかじる
今日、高校野球2日目。札幌第一高校の試合があった。対戦相手は、2度の優勝経験を持つ智弁和歌山。初出場の一高(札幌ではこう呼びます。)には、厳しい相手だ。一高は、私の生まれ育った月寒にある、妹の夫が勤める高校だ。妹夫婦は、この夏休みにチベットに行く計画を立てていたが、思いがけない出場が決まり、急遽予定を1週間近く早めて帰国した。また、札幌在住中、第一高校の現在理事長の加清さんに夫がずいぶんお世話になった事もあり、一高念願の初出場に対する思い入れは強い。とはいえ、なかなか初戦が突破できない北海道にあって、対戦高は強豪である。試合が始まると、案の定すぐに点を入れられ、掃除を始める頃には、点差がじりじりと広がっていた。
客室の清掃を終わり階段を下りたついでに、プライベートをのぞくと、9回の表だった。4対1。それでもよく一点入れたとため息をついた。そして9回裏。つい仕事の手を休めて、最後の攻撃を見ていたら、チャンスがどんどん広がる。次第に興奮が高まる。ついに一点返した。あっこちゃんとかづ君も呼んで、みんなでテレビの前にかじりついた。ムックは、わたしたちがあまりに奇声を発するため、最初おろおろと、次第にうなりだした。何事が起こったのか、怖くて仕方ないらしい。ヒットが出て、わたしたちが「キャーッ!!」と叫んだら、びっくりして私の腕を、やんわりとかんだ。目が、「やめて」と言っている。そして、ついに同点!!私たちが飛び上がって喜ぶと、びっくりしたムックは思わず夫のひざにガブリとかぶりついたのだった。「いてて!」夫が叫ぶ。ムックはうなり、私たちはそんな事お構いなしに、手を叩いたり飛び上がったりだ。狭いプライベートは、狂気に満ちていた。とにかく同点だ!!よくも3点返した!!しかし9回の反撃はここまで。延長戦になってしまった。試合は、すぐそのあと智弁和歌山が一点を返し、10回裏、一高反撃するも力及ばず、惜敗。4人はがっくりと肩を落として掃除を再開した。そしてムックはようやく心の平安を取り戻したのだった。ついでに書くと、ティンクのほうはそ知らぬ顔で、ベッドに寝そべって昼寝をしていた。


8月08日
雨の景色
昨日からひどい雨になった。つい、半袖に裸足でラウンジに出てきたことを後悔しながら、寒い寒いといっている。昨日まで鳴いていたアブラゼミの鳴き声は影を潜め、変わりに雨音が耳に響く。早くから新聞を読んでいた佐藤さんに、あいにくの雨ですねと言うと、いやあ、雨は雨なりの美しさがありますから、と笑った。デッキの前の大豆畑やまわりの木々の緑が、洗われたように鮮やかに見えた。


8月07日
チャイの命日
今朝、ムックとティンクと朝の散歩に出かけた。3年前の今日、チャイは交通事故で逝った。チャイの重み、チャイの手触り、チャイのぬくもり。今もはっきりと体が覚えている。ぼんやりと、チャイの感触を思い出しながらうちにもどって、ムックとティンクをつれて、裏の森の手前にあるチャイのお墓へ行った。滞在中のご常連のお客様、板橋さんも一緒に来てくれた。みんなでしばらくチャイのお墓の前で過ごした。
ムックは、一生懸命お墓のまわりの匂いをかいでいた。チャイを知らないティンクは木陰にうずくまって、きょとんとしながら私の顔をじっと見ていた。板橋さんは、じっとお墓に手を合わせてくださった。
常連のお客様や、リピーターの方が、時折りチャイの思い出話をしたり、そっとお墓にお参りに行ってくださったりする。命日を覚えていて、メールをくださる。本当にありがたいと思う。
これから野の花を摘んで、チャイのお墓にもう一度会いに行こうと思う。


8月06日
ピアノの響き
夕べ、夕食が終わって、お客様はそれぞれ思い思いに、ゆったりとくつろいでいた。すると、暖炉の前で、ご家族でゲームをしていた石渡さんのお嬢さんが、ピアノを弾いてくださることになった。ご常連の板橋さんや、ちょうどラウンジに入ってきた大多さんなど、そこに居合わせた人たちから、拍手が沸き起こった。ドビュッシーの「月の光」とベートーヴェンの「月光」第一楽章。夕食後のひと時にぴったりの曲が、静かにラウンジに響いた。
演奏が終わると、今度は大多さんのご主人が、ピアノに向かった。ジャズスタンダードを2曲、とても素敵に弾いてくださった。静かな夜のひと時、思いがけないピアノコンサートに、みんなとても幸せな気持ちになったのだった。


8月06日
8月05日
新ジャガ登場
3日ほど前、朝の食卓に新ジャガが登場した。6月末の霜と7月の悪天候で、例年より10日ほど遅れただろうか。いつも冬用の男爵を分けていただいている大上さんのジャガイモだ。早く収穫するために、苗を作って植えたそうだ。おかげで、このあたりでは一番早くジャガイモの収穫がはじまった。
掘り起こしたばかりの、皮の薄い男爵をオーブンで焼き上げる。ホイルから出して中を割ると、ほくほくと粉を吹いた。越冬ジャガイモの甘味の強いおいしさとはまったく違う、フレッシュな味わいだ。これは、実はグラタンやサラダにはあまり向かない。まるごとバターや塩で食すのがいい。これからしばらく、とうきびと交互に、朝の顔として食卓を飾ることになる。


8月04日
スペシャルコース
昨日は用事があって、私だけ朝早く旭川に出かけた。早く終わったら、みんなのお昼ごはんを買って帰ろうと思っていたが、中途半端な時間になってしまったので、どこかで食べてしまおうと、11時過ぎにうちに電話をかけた。そうしたら、あきれたことに、3人も旭川まで出てくるべく、マッハで掃除を終わらせたとのこと。お昼はもう「ふるき」に決まっているらしい。それでは、私も行かずにおられようか。
「ふるき」は、薫風舎HPにも度々登場する、わたしたちが愛してやまない旭川のラーメン屋だ。電話を切ったとたん、「ふるき」のせまい店内の雰囲気や、みそ野菜ラーメンの、あの、こくのあるスープが思い描かれた。一人でわびしく食事をしようと思っていた私は、早々に用事を済ませて、ウキウキと車を向かわせたのだった。
お店の前に車が到着すると、あっこちゃんの愛車、空色の新型デュエットと、暖簾をくぐる三人の姿が目に入った。お店は混んでいたが、すぐに席が空き、3人は久々の、そしてかづ君は初めてのみそ野菜ラーメンを、ぺろりと平らげたのだった。「ふるき」の後は、橋を渡ってすぐそこの興部町直営「ガーデン」でソフトクリームと決まっている。店の外のデッキチェアに4人並んで、真っ白いソフトクリームをほおばった。爽やかな夏の日の極上のみそラーメンとソフトクリーム。こんなスペシャルなコースが他にあるだろうか。


8月03日
清々しい夏
今日は、昨日にも増して気持ちの良いお天気だ。8月の初旬に、こんなに涼しく清々しい晴れの日を味わったことがあるだろうか。
夕べは、厨房で夕食の後片付けをしていたら、デッキで歓声があがった。夕食後にお客様がみんなで、星を見るためにデッキに出たら、ものすごく大きな流れ星が見えたそうだ。私たち4人は、厨房で、大きな流れ星を思い描きながら、仕事をしたのだった。後からデッキの外に出ると、この夏はじめてみる天の川があった。
朝起きると、ひんやりした空気をまとって、十勝岳の山々がくっきりと姿を現していた。


8月02日
澄んだ空気
昨日は、朝からいやにむし暑く、午後からひどい雨となった。夕方雨足がさらに強まり、屋根に当たる雨音で、話しもできないほどだった。
朝起きると青空がのぞき、昨日のむし暑さがうそのように、さらりとしたお天気だった。お昼になっても、空気が澄みわたって、本当に気持ちがいい。夏というよりは、9月の晴れた日のようだ。心地良い風が、まわりの木々をゆさゆさと揺らしている。ずいぶん大きくなった、デッキの前の大豆畑も、太陽を浴びてキラキラと輝きながら、風になびいている。アブラゼミの鳴き声さえ、今日は爽やかに感じる。


8月01日
ティンクの誕生日
今日は、ティンクの誕生日だ。誕生日といっても、ティンクは迷い犬なので、本当の誕生日はわからない。2年前の今日、ティンクが家族となった日を誕生日とした。
先日、庭や畑の手入れのため、高齢者事業団の方々に来ていただいた。いつも、ムックとティンクはとても吠えるのだが、初めていらしたおばちゃんを、ティンクが懐かしそうにじっと見ていた、と夫が話してくれた。夫がびっくりして伺うと、そのおばちゃんは、ティンクが一年以上も美瑛の街で迷っていた時、毎日ご飯をあげてくれていたとのこと。そのお宅にも犬がいて、その犬が冬、自分が外で寝ても、ティンクを小屋の中に入れてあげたりしていたそうだ。ティンクが捕獲された時のことも知っていて、その時の、あまりに可哀想な状況を聞いて、私は涙が出てしまった。話しながら、おばちゃんの目にも、涙が浮かんだ。
ティンクは、そのおばちゃんの姿を見て、長い間の辛くさびしかった放浪生活を思い出したのか、その日はいやに私たちにべたべたしてきた。私たちも、ティンクを何度も抱きしめた。
3年前の9月から2年前の今日までにわたる、ティンクの物語を思い出して、胸が熱くなったのだった。


7月31日
とうきび解禁
裏の三号線の両脇が、今年はとうきび畑だ。こちらから行くと右手の沢尻さんの畑では、少しずつ時期をずらして収穫できるようにと、GW前から種まきが始まった。丁寧にトンネルやマルチを作って、ご夫婦で作業をしている姿を見ては、収穫の時を楽しみに待っていた。毎年、薫風舎の朝のとうきび(とうもろこしの事を、こちらではとうきびといいます。)は、この沢尻さんの畑から毎朝運ばれるのだ。
いつも、沢尻さんでは、通常よりかなり早く、7月20日過ぎくらいからとうきびを収穫している。今年は、6月末の霜で、一番早く成長していたところが、みんな霜でやられた。その列の成長がすっかり遅れて、収穫もずいぶん遅れると嘆いておられた。
朝、ムックとティンクと三号線に行くと、両脇に金色の穂がきれいに出そろい、とうきびも、少しずつ大きくなってきた。それを見るたびに、初収穫の時を待ち遠しく思っていた。そして今朝、ついにとうきびが解禁となった。一番早いピーターコーンが茹で上げられ、薫風舎の食卓へと今まさに運ばれるところだ。


7月30日
縁の下のなすび
ティンクは、近頃「なすび」と呼ばれている。太ったナスに4本楊枝を刺したら、ティンクにそっくりだ。最近ますます丸くなってきているようで、このままでは、米ナスになってしまうのでは、と心配している。
肥満に加えて、毛足も長くみっちりしているので、暑さにはめっぽう弱い。ムックのように、サマーカットするほどの長さでないのが、可哀想になってくる。
朝、玄関を出てお散歩を終えると、デッキの下にまっしぐらだ。そのまま、日中はよほどのことがないかぎり、呼んでも出てこない。このところの暑さで、早くも夏バテしている。
一年半ぶりに来て下さったご常連、獣医の松本さんは、ティンクの太りっぷりに驚いて、ダイエットの方法を色々教えてくださった。5Kgは痩せないと、成人病の恐れがあると、ずいぶん心配しておられた。
私とふたりで、早々に5Kgダイエットを実行しなければいけない。


7月29日
日曜日
毎日忙しい日が続いている。そんな季節、間隙を縫うようにみんなで遊びに出かける時の快感は、何ともいえない。しかも日曜日となると、なおさらである。よくもまあ、時間を作るものだと、我ながら感心する。そうと決まった時の、4人の仕事っぷりはすごいものだ。
昨日は、北海道の夏を絵に書いたような、爽やかな快晴だった。みんなで車に乗り込み、十勝岳の中腹、望岳台へと急いだ。緑の出はじめたばかりののGW以来だろうか。深い緑の絨毯を見下ろしながら、わずかに残った残雪の小さな塊を数えていたら、駐車場に到着した。ものすごい車と人の数だったが、まだお昼少し前なので、レストハウスはがらがらだ。私たちの思惑は的中した。
望岳台レストハウスは、超穴場スポットだ。レストハウスを営む谷口さんがみそラーメンにこだわり、ちゃんとスープから手作りをした自慢の一品であることは、ほとんど知られていない。おにぎりも、そういう食堂にはめずらしく、注文されてから握ってくれる。あっさりしていてこくがある、やさしい味わいのみそラーメンは、そこら辺のラーメン専門店には決して負けない味だ。
混み合う直前の空いた店内で、おいしいラーメンとおにぎりを食べ、ソフトクリームを買って、のんびりと景色を見ながら、しばし幸せな時を過ごしたのだった。帰りに、白金温泉に浸かり、たまりにたまった疲れを癒したら、睡魔が襲ってきた。帰ってからの昼寝の何とも贅沢なこと。
毎日同じような忙しさのはずなのだが、なぜかこんなひと時が、私たちには時々訪れる。おかげで、今日は4人とも、鼻歌まじりで仕事をしている。


7月28日
秋蒔き小麦の収穫
ここ数日で、うちの周りの秋蒔き小麦は、すべて無事収穫を終えた。小原さんの畑、玄関前の笹本さんの畑、裏の道のところの、北村さんの畑など。
麦を刈るコンバインは、非常に大きく高価な機械なので、このあたりの農家数件で共有している。天気や麦の状態を見ながら、順番に刈って行くようなのだが、はたから見ている私たちなどは、雨が続きなかなか刈り取られない畑を見ると、麦が倒れやしないかと、やきもきしてしまう。刈り入れ直前の重くなった穂が、強い雨風に見舞われると、大きく倒れてしまう。いったん倒れると、もう麦はだめになってしまうのだ。毎年、麦が倒れてしまった畑を見かけると、本当に心が痛む。
今年は特に、7月に入ってからずっと雨が降り続いていたので、とても心配していた。幸いうちの周りの麦は、ほとんど倒れる事がなく、刈り入れのときを迎えた。大きなコンバインがやって来て、あっという間に収穫を終えていく畑を見て、私たちはほっと胸をなでおろしたのだった。


7月27日
ラタトィユ
夏は、ラタトィユの季節だ。今年もズッキーニが豊作なので、ラタトィユを仕込むのが楽しい。楽しいというのは、少し違うかもしれない。毎日巨大化するズッキーニを見ていると、強迫観念に近い感覚になってしまう。
ラタトィユは、大きい鍋でたくさん作る。畑からズッキーニとナスを採ってきて、赤ピーマン、黄ピーマン、たまねぎに、タイムとニンニクを利かせて、ああ、それにトマトだ。オリーブオイルをたっぷり使うのが美味しい。
出来たても美味しいが、冷蔵庫で冷やして数日ねかせると、味がなじんでますますおいしくなる。口の中に入れると、ジュワッと野菜の甘味が口中に広がる。
さっき畑に行って、ボールにあふれるほどのズッキーニとナスを採ってきた。さあ、今日は久々にラタトィユの仕込みだ。


7月26日
夏の太陽
昨日用事があって、久しぶりに美馬牛まで車を走らせた。今まで寒さと雨でくすんでいた畑や木々の緑が、突然、夏の太陽を燦々と浴びて、生き生きと輝いていた。短い夏を謳歌しているように見えた。真夏の丘の風景は、明るい日差しが似合うと思った。


7月25日
真夏突然
お昼から、急に青空が広がり、真夏の陽気になった。
7月に入ってからずっと変な天気が続いて、昨日は、寒くて長袖を着込んでいた。なんだか気分もさえず、このまま夏は来ないのかと思った。夜、ムックとティンクと夫と4人で散歩に出たら、十勝岳連峰の稜線が見えた。天気予報はあまりよくないので、それでも明日はきっと雨に違いないと思いながら朝を迎えると、案の定どんよりと雲って、寒かった。
それでも、ときおり山が見え隠れするので、昨日よりはましか、と思った。そうしたら、お昼近くになって、急に晴れてくると、気温がぐんぐん上がった。山もすっかり姿を現した。この日差しはなんだろう。とたんに昨日が懐かしくなった。


7月24日
畑の達人登場
雪融けとともに、こつこつと種や苗を植えていた薫風舎の小さい畑が、目を覆いたくなるような、すさまじい雑草畑と化していた。毎年のことだが、7月の雑草はものすごい。宿も、一年中で一番忙しい時期なので、雑草に絡まれて元気がなくなっていく野菜たちを見ながら、どうする事も出来ずにいる自分達がもどかしい。
今朝ようやく、おなじみの高齢者事業団の畑の達人の方々が、畑と庭の救助にやってきてくれた。前々からお願いしていたのだが、このところ雨続きで、なかなかきていただく事が出来なかった。雑草のほうは、空からの栄養をもらって、ぐんぐんと成長を続けていた。
朝8時、おじさん、おばさんたちが到着するやいなや、見ている間に雑草は刈られ、人参は間引きされ、どんどん畑がきれいになっていく。薫風舎の食卓を飾る野菜たちは、こうやって多くの人たちに守られて、育っていくのだ。


7月22日
困った時のモス頼み
昨日は、急用で3日間広島に帰っていた新スタッフかづ君を旭川空港まで迎えに、夫とふたり旭川空港へ行った。ついでに買出しをしようと、少し早めに出発して、旭川の街の入口まで足を伸ばした。お昼をどこで食べようか、と相談しながら、車を走らせるも、なかなか浮かばない。ゆっくりした食事を楽しむ時間はとてもない。そういうときはモスバーガーになる事が多い。たまにはファーストフードも悪くない。行くとたいてい、そそられる新メニューが揃っていて、いつも商品開発に感心する。デザートも気が利いていて、はずすことがない。
夏の特別メニュー「ナンタコス」をふたりでほおばって、わずか20分足らずではあったが、ちょっと生き抜きのひと時に満足して帰ってきた。


7月21日
クラリネット五重奏曲
モーツァルトは、なぜか自分から好んで聞く事が少ない。決して嫌いではないのだが、CD屋さんに行っても、よほど聞きたい演奏家のものがなければ、なかなか手が伸びない。バッハは、気がつくと必ず手にしているのに。
そんな私が、モーツァルトの曲の中で一番好きなのは、クラリネット五重奏曲だ。朝、ラウンジに来たときに、曲の出だし、あのクラリネットのやわらかな音色のこの上なく美しいテーマと、それをやわらかに支える弦楽器の和声の響きが聞こえると、心の中がスーッと澄みわたっていくような気分になる。
朝の曲は、夫が選択する。どんな気持ちで、朝の一枚を手にするのかな、と時々思う。今朝は、梅雨の晴れ間のような、久しぶりに穏やかな朝だった。ムックとティンクの散歩を終えて、ラウンジにきた時に、この曲の、至福のメロディーが、心地よく耳に入ってきた。美味しい空気を思いきり吸い込んだ時のような、清々しい気持ちになった。


7月20日
やまと頼み
最近の天気予報は、全然当てにならない。たしか、昨日夕食後、登山をされるお客様とインターネットで天気を調べた時は、「夕方まで曇り」だった。そのあと、夫が別のお客様と天気を調べたら、朝方少し雨になっていた。そして、朝起きてTVを観ると、今日は一日中雨の予報だ。じとじとと、いやな雨の音が聞こえて、なんだか朝っぱらから気が滅入ってきた。
明日は曇りで、月曜から晴れる予報となっていたが、本当だろうか。あ、でも月曜日からは、スーパー晴れ女、大和さんがやってくるのだった。きっと、このうっとうしい雲を、いとも簡単に払いのけてくれるに違いない。


7月19日

今朝、ムックとティンクと外に出た。今日も暑くなりそうな気配だ。畑の方に目をやると、うっそうとした雑草畑と化していて、思わず目をそらした。そういえば、先日ラ・ペの大友さんも、あまりの忙しさに畑まで手がまわらず、もう畑に近づきたくない!と言っておられた。お店も宿も、一番忙しい時期が、畑の忙しい時と重なるので、なかなか思うようにいかない。
それでも、勇気を出して畑に入ってみると、プチトマトやナス、ピーマンがもう食べられる。ズッキーニは、もうはや大変な豊作となっていた。朝食のサラダにと、プチトマトを手のひらに摘んで、大きくなったズッキーニも2本もいだ。お昼はズッキーニのパスタかなあ。これからしばらくは、お客様も私たちも、畑の物を一生懸命食べなくてはいけない。


7月18日
むし暑さ
雨がちの、いやな天気が続いている。おまけに、ちょっと雲が薄くなると、急に気温が上がり、いやにむし暑くなる。
お昼のうどんに入れる青じそを採りに畑に行ったら、パオパオの中で、またとんでもなく増えていた。青じそをたくさん使った料理がなにかないものかと考えながら、しゃがんで大きそうな葉をつまんでいたら、背中に太陽が照り付けて、あまりの暑さに頭がもうろうとした。
本当に、今年は冷夏なのだろうか?


7月17日
いつも通る道
昨日久しぶりに、カフェ・ド・ラペにカレーを食べに行った。新スタッフかづ君は、初めてだ。突然思い付くと、例のごとく猛スピードで掃除を済ませて、あっこちゃんの運転で、ラ・ペまで車を走らせた。
今、ラ・ペのカレーは、旬の熟したトマトのカレーだ。家族が増えると、食事はなお美味しい。4人で、サラダとカレー、それに三種類のケーキを平らげ、カプチーノを飲んで、久しぶりにゆっくりとしたランチを楽しんだ。
ラ・ペのもうずいぶん緑の濃くなった森の向うに、黄金色に輝く小麦畑が見えた。帰り道、丘の上にひまわりやキカラシのあざやかな黄色い畑を見つけた。わずか2Kmあまりの、いつも通る一本道の景色に、新鮮な驚きを感じながら、幸せな気持ちでうちへと帰り着いたのだった。


7月15日
季節のうつろい
雨続きの変な陽気が続いている。それでも、まわりの畑の作物は、少しずつ様子を変え、収穫の季節に向かってその準備を進めているように見える。玄関の前の笹本さんの畑の秋蒔き小麦は、いつのまにか青から金色へとその色を変えた。黄金色の畑を挟むように植えられているジャガイモ畑は、先月末の霜で一面茶色くなっていたのが、もう緑一色になった。よく見ると、ちらほらと白い花が咲いている。
デッキの前の、大豆のストライプも、土の色を隠すように、だんだん緑が太くなってきた。その奥の雑木林も、深い夏の緑へと変わっている。ゆっくりと静かな、季節の移り変わりを感じる。


7月14日
初きゅうり
昨日、仕込みの直前にみんなで畑にでて、大急ぎで作業をした。トマトやズッキーニ、きゅうりを竿に結びつけたり、バジルやレタスに虫除けの牛乳をかけたり、やらなければならないことがたくさんある。
きゅうりを結びながらよく見ると、一本だけ食べごろの立派なきゅうりを見つけた。初めての収穫だ。たった一本なので、夕食の時にみんなで4分の1ずつ分けて食べた。何もつけなくても、甘味があって柔らかく、美味しかった。3センチほどのきゅうりの赤ちゃんが沢山できていたので、もうしばらくしたら、薫風舎のサラダをひっそりと飾ることになるだろう。


7月13日
バジルの収穫
長期予報を見ると、来週一杯までずっとお天気がよくない。今日は、梅雨の晴れ間のような、よくわからないお天気だ。太陽が出ると妙に暑く、げんなりしながら仕事をしている。
今日はパオパオの中でどんどん育つバジルを山のように収穫した。虫に刺されるといやなので、長袖長ズボンで作業をしたら、暑さで気が遠くなった。パオパオの中は、作物も育つが雑草も実によく育つ。パオパオを開けると、すさまじい雑草にびっくりした。まわりの雑草を取りながら、バジルの花の出そうなところからどんどん採ったら、大きなボールとスーパーの袋に一杯になった。
厨房にもどって、それを洗って、きれいな葉を一枚一枚摘んでいく。大変な量だが、4人だと速い。お昼過ぎには、大きなビン一杯のジェノバペーストが出来上がった。


7月12日
台風のしっぽ
台風は、結局この辺には来ず、それてどこかへ行ってしまった。おかげで台風一過とはならず、ねずみ色の厚い雲に覆われた、重苦しい天気が続いている。
このあたりは、いつもそうだ。台風が来ると思って構えていると、いつのまにか力が弱まり、しっぽを巻いてどこかへ消え去るそのしっぽが、いつまでも残って、ぐずぐずと雨を降らせる。東京で、台風一過の気持ちのよい晴れを知っている夫には、どうにもそれが許せないらしい。
きょう一日は、台風のしっぽに悩まされそうだ。


7月11日
救世主来る。
今年は、6月10日前から満室が続き、まだ7月も始まったばかりなのに、3人ともかなりのへろへろ状態となっている。毎年、3人でなんとかシーズンを乗り切るのだが、この夏は、第4の強力助っ人が来てくれることになった。私たちにとっては、まさに救世主である。
救世主は、一昨日夜中にフェリーに乗って台風と共に北上し、今朝4時に小樽に到着。9時半には薫風舎へと重たい荷物を担いでやってきてくれた。カズ君こと江川可津子、若干20代。8月末まで、無敵の4人体制で皆様をお迎えいたします。どうぞろよしくお願いいたします。


7月10日
行楽
出かけるとなったらとことん楽しむのが、私たちだ。昨日は、11時30分にあっこちゃんの新車スカイブルーのデュエットに乗り込み、3人で薫風舎を飛び出した。道中のBGMにも怠りない。ジプシーキングベストだ。ようやく出てきた青空と、真夏を思わせるラテンのリズムに、黄金色に輝く麦畑とジャガイモの花の広々とした田園風景が、思いがけない「行楽」の気分を盛りあげる。
適当に混みあった彩香の里やファーム富田の賑わいもまた、いつも静かなところにいる私たちには心地よい。
紫の絨毯が私たちの目の前に広がり、久しぶりのラヴェンダー畑を堪能した。大問題だったお昼ごはんだが、あいにくこの近辺には、そそられるお店はあまりない。行こうと思っていたビストロは、かなり待たされるに違いない。さすがの私たちも、食事と昼寝を天秤にかけ、昼寝を選択せざるを得ない現在の体力だ。仕方がないので、そこら辺の露天でぱぱっとお昼を済ませて、美瑛の街へと向かったのだった。
美瑛で夕食の買出しをしていたら、満たされない食事に、胃袋が文句をいっている。セブンイレブンで、お昼の足しを買い込んで、2時過ぎにうちへ戻った。変な食事になってしまったのも、まあ、この季節やむをえないであろう。ちゃんと昼寝もできたから、良しとすることにした。


7月09日
ちょこっと
うちの庭のラヴェンダーが、チャイブと入れ替わるようにいい色になってきた。中富良野のラヴェンダー園でも、いつもより1週間ほど早く見頃になっているらしい。とはいえ、私は、実を言うと、さほど見たいという気持ちにはならない。忙しい合い間を縫って、無理に時間を作っていくほどのことはないと、覚めた気持ちだ。そう思いつつ、ちょっこっと行ってみようかと、2年に一度くらい足を運んでしまう。
この気持ち、何かに似ているなあと思ったら、そうそう、札幌人の雪まつりに対する感覚だ。全然興味がないと言いながら、ついつい足を踏み入れてしまい、その場にいる自分に、妙に気恥ずかしさを感じてしまう。
なんて、理屈をこねながら、今日は青空が広がってきたので、これからちょこっと気恥ずかしさを感じに、3人で行ってくることになった。肝心の「アレ」よりも、お昼をどこにするかが大問題だ。


7月08日

昨日から激しい雨になった。こんなに降るのはめずらしい。風もなく、なんとなくもわっとした空気が肌にまとわりつく。雨の匂いが、よりいっそう気分をうっとうしくさせた。
お昼近くになって、ようやく雨は上がり、小鳥の声がし始めた。厚いねずみ色の雲が、夕方にはどこかへ行ってくれるだろうか。


7月07日
小ヤギの季節
ムックは、ウルトラ毛玉犬だ。冬毛が抜け始めると、それが絡りあって、大変な毛玉の塊が体中にできる。首の周りや腿とお尻のところが特にひどく、さわるともう硬いフエルト状のものが、厚く体を覆うような状態になってしまう。こうなると、もう切ってしまうしかない。毎年夏前には行うのだが、今年は、早くやらなければと思いながら、なかなか時間をとってあげることが出来なかった。顔の毛もとんでもなく伸びたので、もう目がどこにあるのかもわからない。
昨日急に、ムックとティンクを獣医さんのところに連れて行くことになった。予防接種とフィラリアの薬をいただくためだ。さすがに切ってやらなければと、ムック専用散髪用ハサミを取り出し、掃除もそこそこに、毛玉との格闘をはじめた。
ムックは、ハサミを見ると観念して、とぼとぼと私のところにやってきた。これからかなり長い時間、じっと耐えなければならないことをよく知っている。今年は特にひどい状態で、なかなかフエルトにはさみが入らない。うっかりすると、毛と一緒に肉も切ってしまいそうになるので、十分注意しなければならない。これは大変な作業だ。ムックは、こういうときは本当にじっと動かず、黙ってがまんする。世界一お利口だといつも感心する。一時間余りも、石のように硬いフエルトと格闘しただろうか。体中の毛を短く刈られて、ムックは別人いや別犬となってしまった。毛をそろえるところまではとてもできない。本当に難しい作業なのだ。短くするだけで精一杯だった。今年もまた、まだらに刈られた虎刈りの小ヤギムックになってしまった。
ティンクは、一日中ムックのにおいをかぎまわった。あまりに変わり果てたムックの姿に、本人かどうか計りかねたらしい。ムックのほうはうなだれて、何度もため息をついていた。


7月06日
涼しい朝
ひんやりと涼しい朝だ。あまり涼しいので、カッコウの鳴きかたが心なしか控えめだ。夜の雨でまわりの緑が色濃く見える。山は、厚い雲に覆われている。


7月05日
ランチ強行
たまには、上げ膳据え膳でお昼を食べたい。と、今日は3人の意見が一致して、どこかへ食べに出ることにした。とはいっても、どこがいいか全然思いつかない。頭にいろいろな食べ物を思い描きながら、大急ぎで掃除を済ませているところだ。ああ、せっかくだからなあ。何を食べようかなあ。限られた選択肢の中から選ぶのは結構大変なのだ。
急いで出かけて、急いで食べて、急いで戻って休憩する時間も確保しなければいけない。何もそこまでして、と思われるかもしれないが、毎日缶詰状態だと、時々そういう無茶をしたくなる。


7月04日
7年ぶり
7年前の6月に泊まられたお客様が、昨日ふたたび7年ぶりに来て下さった。7年前といえば、オープンして初めての夏だ。その時はまだご結婚前だったが、もう大きなお嬢さんがふたりもいらして、とても良いご家族になられていた。7年とはそういう年月なのだと、しみじみ感じた。よく覚えていてくださってと、お互い懐かしく再会を喜び合ったのだった。
夜、3人で夕食を食べながら、初めての夏を迎えた時のことを思い出した。あっこちゃんは、まだ高校生だった頃だ。タッキーこと炬口君が、初めてのスタッフとして頑張ってくれた。3人でよく乗り越えたものだと思う。毎日が必死だったように思う。オープンの頃から毎年来てくださる方、今年はじめて出合ったかた、そして、数年の時を経て、ふたたび訪れてくださる方もいらっしゃるのは、本当に嬉しい。7年前の夏を思い出しながら、薫風舎を通してのさまざまな出会いに思いを馳せたのだった。


7月03日
野菜の赤ちゃん
お昼の材料調達に畑の方へ行ってみた。ナスもきゅうりもトマトも小さいのがたくさんできていた。ズッキーニは、あと数日で収穫できそうだ。プチトマトはもう赤くなるのを待つだけだ。今年は、レタスなどもたくさん植えて、ミニ温室でたくさん育っている。お昼のうどん用に大き目の大根を抜いて、野菜の赤ちゃんたちを眺めながら、ニンマリして帰ってきた。


7月02日
玄関前
気がつくと、玄関の前のジャガイモ畑の向こう側の秋蒔き小麦が、黄色みがかってきた。私の一番好きな麦の色は、そのもう少し手前の、ちょっと白みがかった青磁色。毎日少しずつそれが黄色く変化していくのを見るのは、嬉しいようでちょとさびしい気持ちだ。
ジャガイモ畑のほうは、霜が降りて以来、表面が茶褐色だったところに、白い花がちらほらと咲き始めた。楽しみにしていた一面の真っ白いジャガイモ畑にはとてもなりそうもないが、たくましく花を咲かせているジャガイモの畑に頼もしさを感じる。


7月01日
気温差
急に夏がやってきた。朝から、じりじりと焼け付くような暑さだ。先週は、最低気温が0℃まで下がった日もあった。今日は、30℃を越えているかもしれない。この気温差には参ってしまう。体温調節ができずに、頭がもうろうとしている。


6月30日
大根菜
今年、種売り場に「大根菜」というのをたくさん見かけた。大根の葉を食べるために改良されたものらしい。大根は葉の方がずっと栄養があって、しかもおいしい。毎年、畑に大根を植えると、その葉を間引きしながら食べているのだが、大根が育ってくると葉は硬くなり、農薬を使わないのですぐに虫にやられてしまう。思う存分大根菜を食べてみたいと思い、ためしに買って植えてみた。
畝を作らずに、ちょっとしたスペースにパラパラとばら撒きをした。同時期に植えたほかのどの野菜よりも早く芽を出し、ぐんぐん大きくなった。大きくなった葉からチョコチョコ摘んでは、炒め物にしたり、菜飯にしたりして、かなり重宝だ。お客様には、キッシュに入れてお出しして好評だ。
寒くなっても、雨でも、とにかくどんどん大きくなるので、チョコチョコどころではなくなって、通りがかると一生懸命とって、一生懸命食べなくてはいけなくなってきた。このところ、アスパラに代わって薫風舎まかない料理の主力の座に踊りでている。


6月29日
今朝の夏
夏の朝らしい、気持ちのよい空気だ。今日は、静かに晴れている。ほとんどのお客様が、朝食前、ずいぶん早くからうちの周りを散歩したり、パッチワークや三愛の丘まで足を運んだりされていた。
私も、久しぶりにムックとティンクを連れて、裏の三号線の方まで歩いた。山の残雪は、いつもに比べてずいぶん少なくなった。ゆるやかに風が流れる。季節がようやく元に